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Channel: すねいくている 修也真穂の2次小説ブログ
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傷だらけの心に宿る悠久の時3.

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傷だらけの心に宿る悠久の時3.
 
戦況の悪化を告げてきたボリビア自治に携わる第六師団三個中隊は既に半壊滅状態にあった。
「六師の第一中隊所属の庄司、酒井両曹長以下、第二中隊三名、第三中隊でも三名の殉職者が出ている。どうかこの隊が一人も欠ける事無く、再び日本の地を踏める事を祈っている。」
初日にそう言っていた四師二連隊長であった稲本が、負傷した部下の代わりに前線へ出て殉職したのは、僅か五日後の事だった。指揮官を失った軍隊は戦場では足手纏いにしかならない。体制を組み直すにも、時間が必要との事で、野明達四師二連隊三中隊共に帰国命令が下った。やり切れない思いで帰国準備をしていた野明の元に、他二中隊の隊長である鈴峰と杜谷がやって来た。
「第一中隊は負傷帰国で一人少ないが、全員現場にこのまま在居になった。」
「指揮官無しで?」
「来るんだとさ。」
三人の隊長共々、四師の人間はどこかしらに包帯を巻いていた。
「新しい四師第二連隊の隊長が拝命して来る。」
「早いね。」
「もう異動が決まってたんだよ。稲本元指令。」
今はもう居ない上官の名だが、ここが戦場である以上いちいち涙してなど居られない。悲しむのは帰国してから。野明達にはそれが無言の了解だった。
「着任には一月早いが、辞令は受けたから直で来るってさ。」
ぺらりと手渡された指示書に目を通し、野明は眉を寄せた。
「公布が三日も前だ。」
「アドレスが稲本元司令官宛だったんだ。誰も殉職者のメールボックス覗かないだろ?」
「本部も間抜けなコトしやがる。慌てて気付いて今日んなって鈴嶺んトコに転送してきたんだ。危うく俺達は何も知らずに帰って、命令無視になるトコだぜ?」
冷静な第一中隊長の鈴嶺と違って、第三中隊長の杜谷は口が悪いが、二人共に野明を信頼してくれる良き仲間でもあった。
「しかも階級しか書いてなくて、名前も無い…。」
「余程慌てたんだぜ。」
「どこの誰なんだろうね。」
「俺だよ。」
指令コンテナに入ってきた男を見て、野明は目を見開いた。
「遊馬…。」
「本部からの通達が遅れていた様で申し訳ない。前四師第二連隊隊長稲本指令の後任になった篠原だ。」
「…篠原…中佐殿?奥多摩訓練校教官であられた。」
「そうだ。幸い初対面と言う感じでは無さそうだな。」
鈴嶺、杜谷共に遊馬の育てた部下を使用してもいる。その教官の顔を見た事があるのは一度や二度では無かった。
「泉のバックだったっけ…なるほど、上もたまには正しい人選をする。よろしくお願いしますよ、中佐殿。」
「上の人選が正しいかどうかは、その目を持って確かめろ、杜谷大尉。」
遊馬はにやりとした。
「幸い撤収準備中だった為、時間は稼げそうだ。正規自治部隊の第六師にもう暫く踏ん張ってもらえ。全隊員のデータと地形データを。シフトを組み直す。それから泉中尉。」
「は…はい。」
「貴官は現刻を以って大尉に返任となる。最初の命令だ。髪を切れ。」
もう過去を背負う暇は与えない。過去を背負う事も無い。見慣れた、それでも酷く久しぶりに見る気がする鳶色の瞳に見詰められ、野明はゆっくりと右手でウエストのナイフを引き抜くと、赤い髪を掴んでばっさりと切り捨てた。
「…御意。」
「思い切ったな。」
「ありがと。」
苦笑した鈴嶺の持つゴミ箱に、野明は握ったままだった赤い髪の束を落した。頭が軽い。肩の凝りも緩みそうだった。
「大尉等三名には今まで以上に働いてもらう。その覚悟をしてもらいたい。」
「願っても無い。」
「了解しました。データです。」
「三十分くれ。その間に撤収準備を解き、鈴嶺、杜谷隊は待機。赤鬼隊は警戒警備に出ろ。」
「了解。」
三名の隊長の敬礼が揃い、一斉に指令コンテナを出て行った。
戦況は悪化の一途。部下、レイバー共に総数三十、二十四機に欠けている。遊馬はパソコンの使えない状況下で、大量のデータに目を走らせる事に集中した。
 
警戒警備を第一鈴嶺隊に引き継ぎ、野明はシャワコンに居た。
「入るぞ。」
「遊馬…。」
「シャワーの前に、髪揃えてやる。そこ座れ。」
「…あたしの髪を切らせたのは計画通り?」
「俺の下に居て死なれんのも御免だしな。お前はショートの方が似合う。もういい。身軽になれ。身軽になって、十分に働けよ。赤鬼。」
シャキシャキと小気味良い鋏の音がして、野明の心には一片の曇りも無く晴れ渡って行く様に感じられた。
 
イギリス軍が先陣を切って強制鎮圧に出、四師を始めとした同盟各国自治軍もそれに協力。四師の面々が日本へと戻れたのは、更に一ヶ月が経った後だった。その頭数は一人として減ることは無く、重傷者も記録されなかった。
 
「さてと。」
部下が解散し、四師二連隊の隊長と、三中隊長のみが基地本部へと向かって歩いて居ると、不意に鈴嶺が振り返り、その拳を左の頬に受けて遊馬は転倒した。
「なっ…。」
「悪く思わないで下さい。中佐は御存じ無いでしょうが、現場には必ずある入隊の歓迎儀式です。」
常に沈着冷静を旨とするタイプの鈴嶺の言葉に、最初の驚きを通り過ぎた遊馬はにやりとして切れた口の端を舐めた。
「成る程。俺は貴官らの目に適ったと言う訳か。」
「ま、疑う余地はありませんでしたよ。泉の元パートナーですし。」
野明を見れば、その口元を片手で隠してはいるものの、その顔に宿る笑みは隠し切れない様だった。
手粗い歓迎ではあるが、生死の掛かる現場に居る以上、必要不可欠なのだろう。無用な争いを好まない野明が静観している。恐らく相手の力量によって担当は代わり、新入りが女性軍人なら野明が相手と言う所か。そして。遊馬が立ち上がると、どう見ても腕っ節に一覚えありそうな杜谷までが、鈴嶺の隣で拳を握ってにんまりとしている。
「お前ら俺を買い被り過ぎだろ。元地方公務員の予備校上がりだぞ。」
「自分は事務畑出身ですよ。」
「力量は見定めました。元教官殿。」
「助っ人は無しか?野明。」
「こればかりはあたしも止められない。」
両手を顔の横で開き、完全に面白がった笑みを浮かべた野明を睨みつけ、遊馬は軽く体を解すと二人の部下に向き直った。全く、いい性格になった物だ。訓練校を訪ねて来る野明はいつも儚げであったのに。
「いいだろう。相手になる。」
日の傾きかけた基地の隅にある緑地帯。観客は野明一人。二対一のドッグファイトが始まっていた。
 
「…また念入りに遣り合った物だな。」
真新しい、明らかに殴り合いと分かる傷だらけの三人の男と、笑いを堪える野明の前で報告を聞く為に定時を大きく回ってもまだ残っていた上官。その男の名を、遊馬は今更ながらに思い出していた。
来年定年を迎える中将。彼には元自衛官で、軍人でもあった妻があり、名を環と言った。
「着任の御挨拶が遅れました。特海四師第二連隊長に着任致しました。篠原遊馬中佐です。どうぞ御見知り置きを。」
「良く知ってるさ。昔からな。着任を歓迎しよう。この度の手腕、見事だった。今後もその位に恥じる事無く、十分に持ち得る力を発揮する様に。各中隊長も御苦労だった。良く休んでくれ。」
「失礼致します。」
四人の敬礼と声が嘘臭い程に揃い、一同はドアを出た。その背に、不破中将の声が掛けられた。
「泉大尉。」
「はい。」
「近い内にまた食事に来るといい。環が待っている。」
「ありがとうございます。是非。」
野明はもう一度上官に敬礼し、ドアを閉めた。
 
「不破さんと良く会うのか?」
「遊馬は奥多摩に篭り切りだったもんね。」
野明は基地内にある訓練場の水道で濡らしたタオルを遊馬の腫れた顔へ当てて笑った。
「あたしに軍人になれと言ったのはあの人だもの。責任感じてるんじゃない?あたしが戻る度に手料理御馳走してくれるんだ。鈴も杜も良く呼ばれるし。前指令も良く一緒に行った。遊馬も行こうよ。美味しいよ不破さんの御飯。」
「ああ…。」
遊馬は煙草を銜えて溜息を吐いた。
「疲れた?」
「そりゃな。軍人になって初めての実戦が、三十人の部下を持つ指令だ。しかも戦況最悪で。」
「遊馬の弱音なんて初めて聞くかな。」
「俺は棒っ切れでもターミネーターでもねぇよ。」
「分かってる。ね、煙草頂戴。」
「ん。」
遊馬は自分の顔と額を冷やす為両手の塞がっている野明へ自分が銜えていた煙草を銜えさせた。一息大きく吸い込んで、ゆっくりと煙が吐き出される。そして煙草を唇に挟んだまま、野明は笑った。
「遊馬いい顔してるよ。」
「お前もな。」
遊馬は疲れと怪我でだるい体を、後ろ手に両手を付く事で支え、氷嚢とタオルの冷たい心地良さに目を閉じた。
野明と遊馬の現実が、やっと重なった。戦場の野明は生き生きとし、美しい獣の様だった。赤鬼としての権威以上に、戦いの申し子と言って過言ではない。そして、男社会であるこの戦場で、戦いとは違う意味で無事で居られたのは、鈴嶺と杜谷。二人の良き仲間に恵まれた事もあったろう。野明と居る彼等はまるで赤鬼の左右を守る闘神の様でもあった。宛ら阿吽の金剛力士像か。
「…なぁ。」
「んー?」
「お前かなり居心地いいだろ、四師。」
「篠原中佐には適わないデスね。」
煙草を噛んでにやりとした野明の顔。遊馬は呆れた溜息を吐いて、もう一度目を閉じた。
「お前の周りにはいい仲間が集まる。」
「自画自賛してるみたいに聞こえるね。」
本気で限界を極めた戦場も、野明が居るならそれもいい。中佐。と呼ばれるのも悪くない。遊馬は何の進展も無いこの時間をもう少し続けてみたいと思っていた。
 
Fin…

深夜の来訪者

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深夜の来訪者
 
「野明…。」
「あたしを、忘れないでてくれたね。」
 
いつもどおり、深夜自宅億ションへ帰宅した遊馬は、めったに口を利く事の無いフロントに呼び止められ、来客の存在を伝えられた。住人へ危害を加える者をシャットダウンする為の防弾ガラス越し、立ち上がったのは記憶の中よりやや長い赤い髪。遊馬は目を見開き、自らガラスの向こうへと歩を進めていた。
「久しぶり…だな。今、何してる?」
「まだ警官。一応ね。」
そう言って開かれた縦長の手帳。フロントの人間は驚いた様に頭を下げた。
「警察の方でしたか!申し訳ございません!」
「警官なんてただの地方公務員です。それに、今日はプライベートで参りました。こちらの方式を違えて頂くには及びません。コーヒー、御馳走様でした。美味しかったです。」
丁寧な野明の言葉を残し、二人はテントハウス直通エレベーターに乗った。
「部屋へ入れて貰えるとは思わなかったな。」
「フロントで立ち話か?」
「このマンションは共用のゲストルームがあるんでしょ?」
そう言われてみれば入居時にそんな説明も受けた様に思うが、ここへ越して来てから遊馬の元を尋ねる人物は一人として居なかった。住人専用施設のフィットネスクラブや、コンビニ、ATMなどは使うが、ほかにもある共用施設は殆ど使用した事が無い。勿論ゲストルームも。
「別に隠しとく様なトコでもねぇぜ。部屋は余ってるしな。ってかお前今どこに住んでんだ?」
「都内だけど、タクシーでは少々無理なトコ、かな。」
「じゃあ泊まってけ。終電も無くなるこんな時間まで居たって事は明日は非番だろ。」
「うん。ありがとう。」
「で、何か話があって来たんだよな?」
家主が帰ると自動でライトが点灯する玄関に入ると、遊馬は趣味でぶら下げてあるレイバー部品のオブジェを眺めて首を傾げている野明に振り返った。
「んー…遊馬明日は?」
「休み。予定もねぇよ。」
「じゃあ明日でいいよ。こんな時間に帰ってくるの、珍しくないんじゃない?疲れてるでしょ。お風呂入って、眠って、明日で。」
既に時刻は午前だが、始終笑顔の野明の大きな目は少しの眠気も感じられない。
「お前眠い?」
「えへ。実は待ってる間にうとうとと…。」
「いつから居たんだよ。」
「七時。」
へらりと笑った野明の表情は、確かに長く会わなかった年月は感じるが、懐かしい物だった。
「…風呂入って眠って起きたら居なくなってそうだから、今晩の内に。」
「やだな。私別に幻覚じゃないよ?」
野明は苦笑してソファにハンドバッグを下ろした。
「じゃ、せめてお風呂だけでも入って来たら。あたしは消えない。あ。泊まらせて貰うなら、買い物だけ行こっかな。」
「財布だけ持ってけ。店は3F。専用エレベーターのキーと、玄関の鍵な。」
「サンキュ。」
野明は言われた通り財布を出し、遊馬からキーを受け取ると、ふと目を細めた。
「ちゃんとお湯溜めて、ゆっくり入って。疲れた顔して見える。余計な事だったら御免ね。」
「お前も。」
再び靴を履く野明の背中に声が掛けられ、赤い髪が振り返った。
「野明も入るなら、湯張るよ。一人だと無駄だからな。いつもシャワーだ。」
「…嬉しい。今日日勤で汗かいたの。行って来ます。」
ふわりと残された笑み。友人ではあっても他人の男女。湯船の湯は張り替えたいと思う女性は多かろう。遊馬も無茶な振りだとは思った。しかし野明は笑う。遊馬は酷く久しぶりになる給湯ボタンを押した。
 
億ション内のコンビニには本当に何でも揃っていた。同じ階に24時間使用できるプール付きフィットネスクラブを併設しているからだろう。水着やタオル、トレーニングウェアまで。野明は一泊用のスキンケアセットと歯ブラシ、下着、Tシャツとハーフパンツ、そして酒とつまみを少し買い、そっと玄関のドアを開けた。
「おじゃましまっす…と。」
立て付けのいいドアは気を付けずとも音はしないが、そのドアを更にそっと閉め、野明はリビングへ入った。
極意小さな水音がするのは、遊馬が入浴しているからだろう。リビングのソファに座り、買って来た物を畳み直しつつ、TVの電源を入れ、少し迷って辛苦に水を溜め、そこにビールを浸した。
 
「何でこれこんなトコに入ってんだ。」
「人んちの冷蔵庫、開けない方がいいかなと思って。」
「変な気ぃ回すなよ。」
風呂上りの遊馬はTシャツとスウェットのズボンでビールを冷蔵庫に投げ込み、野明にバスタオルフェイスタオルを二本渡した。
「これで足りるか?風呂あっちな。」
「ありがと。先飲んでて。眠かったら寝ちゃってていいよ。」
「起きてるって。いつだってこんな時間から寝てない。」
「そ?遊馬宵っ張りなとこ変わってないね。」
野明は予想通り広い風呂を満喫した。日勤だったとは言え、シャワーも浴びてきた。しかし風呂に入りたいと言ったのは遊馬にも入らせるため。長く顔を見ていなかったのだから、年月と言う物は多少顔に出るだろうが、それ以上に野明の目には遊馬が疲れて見えていた。
何か話があって来たのだろうと遊馬は言った。そして自分も何か話したくて何時間もここで待っていたはず。しかし野明は今、持ってきた案件が、疲れている遊馬を巻き込む程の事なのかどうか分からなくなっていた。
 
最後に会ったのはあの、お咎め無しを拝した戦争の翌年に催された同窓会。以降は幹事である進士の転職を筆頭に、篠原に戻った遊馬、そして警官としても中堅を担う様になったそれぞれが多忙になり、同窓会がなくなり、時節の便りが味気なく行き来するのみとなり、やがて誰からとも無く、それも途切れがちになっていた。他はどうか分からないが、野明と遊馬の間では、この三年余り年賀状さえ行き来しなくなっている。だからこその、「あたしを忘れないでてくれたね」の一言になったのだろう。
遊馬にとって、忘れられる筈も無い赤い髪が、タオルで拭き乱され、乾いたタオルの掛かるTシャツの肩へ落ちている。
「ドライヤー使えよ。」
「平気。いつも自然乾燥なの。相変わらず髪質最悪でさ。ドライヤー使うとますます赤くなるから。」
そうだった。野明は昔からそう言って、真冬以外は自然乾燥を通していた。勿論忘れていた訳ではない。立ち居振る舞いが大人の女性になっていた。だからと思った心遣いだったが、そこは変わっていない様だった。
 
「で、何だって?」
「ん…とね…。」
野明の買ってきたビールはグラスも断られ、缶のまま二人の前にあった。昔の様に。
「…南下遊馬の顔見たら満足しちゃったな。」
「何だそれ。」
苦笑する野明に遊馬は怪訝な顔をした。
「俺の顔見たくて来ただけって聞こえるぜ?」
「んー…そうかもしれない。」
「それだけの為に何時間も?愛されてんなぁ俺。」
へらりと笑った遊馬は、ふと笑みを消して目を細めた。
「俺は野明の顔見たら話したい事色々出て来たけどな。」
「あ、じゃあ遊馬が…。」
「バァカ。先行動したのお前だろ、先動いたモン負けなんだよ。こう言うのは。」
「勝ち負けがあるモンなの?」
野明は苦笑して膝を抱えた。遊馬は昔からこうだった。口下手な野明を急かす事はしないが、逃す事もしない。じっくり時間を掛けて、野明の言いたい事を、野明を理解しようとする性格だった。それもまた、変わっていない。
「…良かった。遊馬思ったより変わってないや。」
「野明もな。出世したじゃないか。警部補だろ?」
「ここが打ち止りだね。予備校出だもん。」
野明はビールを煽って空にすると、遊馬に笑い掛けた。
「ね、あたしを遊馬のお嫁さんにしてよ。」
「いいぜ?」
あっさりと返された言葉に、野明は一瞬きょとんとして、吹き出した。
「今一瞬でも考えた?」
「野明が言う事には、俺は頷く事になってんの。」
「どーゆー決まり?」
「野明を散々振り回してきたからな。プレプロポーズしたのだって俺だ。忘れたとは言わさねぇぞ。聞こえてたろ。」
「んふ。」
まだ揃いの制服を着ていたあの秋の日。
「あれ、まだ有効だったの。」
「無期限に。」
「だから遊馬まだ一人なの?」
「そう言う訳じゃねーけど。大体俺に嫁が居たらお前こんな風に会いに来たりしねーだろ。」
「恋人が居るかどうかは分かんないもん。」
「そんな影も無さそうだから来たんだろ?たかしさん辺りに探りも入ってっかもな。」
「バレた?」
野明は肩を竦めるしかなかった。一体いつからお見通しだったのだろう。
「あたしの話はお終い。遊馬は何を言いたかったの?」
ふっと野明の視界が翳り、唇が重なった。触れるだけのキスの後、重なった視線。野明はゆっくりと瞼を下ろし、二度目のキスはゆっくりと深くなった。
 
「遊馬の話はボディトークって?オヤジギャグじゃないんだから。」
「そう言うな。これでも遊ばず働き詰めだったんだぜ?」
ベッドに組み伏せた野明の上でTシャツを脱ぎ捨てた遊馬はにんまりとした。
「棒っ切れじゃねぇ健康な成年男子、随分ガマンさせてくれたもんだぜ。」
「こう言うのは先に行動した方が負け、なんでしょ?」
記憶より少し長くなった髪がシーツに広がった。

オレンジのブーケ

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オレンジのブーケ
 
神父に「永遠の愛を誓いますか」そう問われて涙する新婦は少なくないだろう。あたしもその一人だった。
泣くつもりなんか無かったけど、幸せ過ぎてぽろりと雫が落ちた。そんなあたしを、遊馬は僅かに驚いた顔をして、見詰めた鳶色の瞳がふわりと優しく細められた。
あたしを選んだこの人を選んだあたしは正しい。今日から益々幸せな日々が訪れる。そう思える瞬間だった。のに。
その僅か二十四時間後、常夏のビーチにあるコテージで、あたしは信じられない一言を聞いた。
 
「…え?」
「俺、来春もう一度警察官採用試験受ける。」
遊馬の現在の肩書きは「篠原重工八王子工場開発部第三テストラボチーフ」。戦後あたしと一緒に警察を辞めて、あたしは民間の警備会社へ、遊馬は篠原へ戻った。義父さんとも仲良くとは行かないようだけど和解して、昨日の式での義父さんは立ち居振る舞い素晴らしく、始終笑みを見せてくれていた。
「…何…で?やっぱり義父さんと…ダメ?それとも工場の方?」
「今の仕事が嫌で辞めるんじゃないよ。俺もそんなにガキじゃない。」
「じゃあ何で!大体けっ…結婚してこれからの生活もあって…!」
「当面の貯えはある。」
そんな事分かってる。そうじゃなくて。口下手のあたしはテンパるともう何を言っていいのか分からなくなる。
「あ…あたし…あ…遊馬解んないよ!」
ぼろぼろと涙が溢れた。一日前はあんなに幸せだったのに。何で益々幸せな筈のハネムーンでこんな告白を。
「落ち着けよ…頼むから。」
遊馬の方も動揺しているのか、ぎこちなくその胸に抱き締められた。
「言ってなくて悪かった。でも…決めたの一昨日なんだ。会社には休み明けに辞表を出す。」
「っ…バカ!」
あたしは遊馬の胸を突き飛ばして外へ飛び出した。
 
一昨日。遊馬は帰りが遅かった。式とハネムーンで長い休みを取るから、仕事を詰めてるんだろう。そんな風にしか思わなかった。あたしは今も遊馬の事を解らないで居る。
「別々の人間なんだ。当たり前だろ。」
あたしの事ばかり言い当てられて悔しがると、いつも遊馬はそう言って笑うだけ。
「俺は野明のバックアッパーだった時代を誇りに思ってる。このポジションだけは誰にも譲れないんでね。」
そう笑う遊馬が好きだった。でもやっぱり遊馬は元々一人で行動するのを好む人。敢えてそうしようと思わなくても、気付くと一人で走り出しているタイプの人。夢中になると周りを気にする事が無くなる典型的な次男坊。そんな事位はあたしでももう解ってる。
 
ブレックファストを食べた直後で、化粧は愚か日焼け止めも塗って来なかった。あたしは強過ぎる陽の光から逃げる様に、ちょっとした広場にある大きなマンゴーの木の下のベンチに腰を下ろした。
もう気分は落ち着いている。昔よりこの時間が早く来る様になったのは進歩だと思う。
「…デリカシーの無いトコは、治らないのかな。やっぱり。」
「悪かったよ。」
「…早いお迎えだね。」
「野明って基本真っ直ぐ走るからな。」
背後にやって来た遊馬が、あたしの隣に座って日焼け止めのボトルを開けた。普段はこんなに細やかな気が利くんだけれど。
「金銭面での負担は取り敢えず無いと判断したから決めたんだ。野明、仕事続けるって言ってたし。」
遊馬の大きく手厚い手があたしのノースリーブから伸びる肩を撫で、指先まで丁寧に日焼け止めを塗って行く。
「怒鳴られるだろうとは思ったけど、泣かれると思わなくて。ちょっと…焦った。」
遊馬の鳶色の瞳は一度もあたしを見ない。黙々と日焼け止めを塗って行くだけ。
「今日言うつもりだったのも、計算?」
「嫌な言い方すんなよ。」
遊馬の太く男らしい眉が顰められた。
「一昨日言って、式まで機嫌を損ねられんの嫌だったんだ。」
「今日から長い喧嘩になるかもしれなくても?」
「それでもお前は逃げ出さない。」
右の手足に塗り終わって、遊馬は座る位置を変えた。
「野明は喜怒哀楽全てが真正面からの真っ向勝負だ。納得の行くまで話し合うつもりで居る。俺も、逃げない。有給解消に入れば時間も取れるし。試験勉強もしないとだけどな。座学、もう完璧忘れてる。」
ちゃんと指輪をずらして日焼け止めを塗って、遊馬は初めてあたしを見た。
「化粧してないよな。」
「…してない。」
一応の確認だったのか。遊馬は掌にたっぷり日焼け止めを取って、涙の乾いたあたしの顔に両手を滑らせた。
「ちっせー顔。」
「…。」
大きな手なのに、至極丁寧に細やかに、まるで式の前日に受けたエステティシャンの手の様に動く。そのまま首から肩、胸まで塗り進め、遊馬は唇を重ねた。ちゅっと音を立てる小さなキス。日本に居る時は、人の目を気にして決して外ではしない癖に。
「ちゃんと話すよ。」
「…うん。」
もう子供ではないと言った遊馬が、こんな時期に転職を決めたのには訳があるだろう。同僚で、友人で、恋人で無く妻となったあたしにはそれをきちんと聞く義務がある。
「ごめん。取り乱した。」
「当然だから。」
苦笑した遊馬に手を引かれ、さっきは疾走した海辺の町をゆっくりと歩く。
「遊馬。」
「ん?」
「あれ欲しい。お財布持ってる?」
「持ってるけど…。」
遊馬は色とりどりのディスプレイを見て苦笑した。そこはキャンディだけを扱うお店。若い女の子でごった返しても居た。
「俺も入んの?」
「当然。」
「罰ゲームだなこりゃ。」
繋いだ手を放さずに店内へ踏み込めば、遊馬は渋々ついて来た。
キャンディーで出来た花や動物、お城にお姫様と王子様。人の頭より大きな棒つきキャンディーやコットンキャンディー。ただ丸いだけのキャンディも、色とりどりずらりと並び、味は数十種類。一歩店の外へ保冷剤無しに持ち出せば、瞬く間に崩れ溶けて行くだろう砂糖菓子。
あたしは遊馬を連れて店を一回りすると、最初に見つけたディスプレイにあったブーケ型のキャンディーを指差した。
「やっぱりこれ。」
「ハイハイ。」
昨日あたしがお色直しできたのはオレンジのカラードレス。その時持ったブーケそっくりの、オレンジのバラのブーケキャンディーが入った箱をあたしに持たせ、遊馬は空いた方の手を繋いでコテージまで戻った。
 
テーブルに出したオレンジ色のブーケを挟んで、あたし達は向かい合った。
「ヘッドハンティングだったんだ。」
遊馬は言葉通り真っ直ぐにあたしを見て話し出した。
「来年が警官試験の最終チャンスだろ。最初に声が掛かったのは一年前。その時はまぁ…冗談だろうと思ってた。っつーか、もう一度警官になろうなんて思ってなかった。一度は自分で捨ててきた道だし。仕事も楽しくて、野明とも付き合ってて、結婚したいとも思ってたし。」
「希望部署は?」
「レイバー隊ではないよ。勿論、捜査課でもない。」
「遊馬に刑事なんか出来ない。」
「言うな。」
遊馬は苦笑した。
「希望は警備部装備管理課。レイバー隊員人事も兼ねてる。」
「警備部じゃ、遊馬前線に出たくなるんじゃない?」
「出ない。もっとも俺はバックアップしか出来ないし、俺はもう他の人間の後ろなんか守ってやれない。野明に心配は掛けないよ。」
「あたしは掛けっぱなしだね。」
「野明の腕は認めてる。」
警備会社のレイバー部門に居るあたしは、勤務は不規則で、場合によっては怪我もするレイバーパイロットをしている。相変わらず遊馬には心配させ、小さな怪我でも遊馬は顔色を変える。仕事で行き詰ると、バックアッパーとしてのアドバイスもくれる。それでも、遊馬は一度たりとも辞めろと言った事はない。
「遊馬を推してくれたの、誰だか聞いた?」
「太田と、後藤さん、南雲さん。それから…。」
遊馬は目を細めて笑った。
「風杜さん。」
「風杜さん!?」
あたしは思わぬ名前に目を見開いた。もうずいぶん疎遠になっていて、前者三名は昨日も顔を見たけれど、風杜さんには招待状も出さなかった。
「一年前、突然声掛けて来たのがあの人。今人事部の部長。あんまりおかしかったんで、シゲさんとのメールのネタにしたんだ。そしたらそこから太田に伝わって、太田が上官である後藤、南雲両警部の推薦状つけて正式書類作って、風杜さんの部下である専門担当官を寄越した。それが十ヶ月前。」
遊馬はコーヒーを一口飲んで、思い出す事が楽しいのか、笑みを浮かべた。
「その時もまだ篠原辞める気は無かった。でも何回も来られてる内に、もう一度やってみたくなって…でも迷ってた。」
「仕事の事迷ってても、プロポーズと式の日取りは決めてたんだね。」
「別に四六時中その事考えてた訳じゃない。むしろそっちの方がずっと少ないさ。俺的に最重要案件だったのはこっちだし。それに…。」
遊馬は落ち着かない様に何度か続けてコーヒーを飲んだ。
 
これは知ってる。遊馬の緊張してる時の仕草。プロポーズしてくれた時もこうだった、空になったカップを啜って、大きく深呼吸をして。
 
あたしの目の前で、遊馬が大きく深呼吸をした。
「野明なら時間掛かっても頷いてくれると思ってたから。」
「成田離婚かもよ?」
「無いよ。野明はそーゆー事しない。」
「そんな物分りいい女に躾けたつもり?」
「野明は昔からそのまんまだ。俺の言う事なんか響かねーよ。俺には俺自身のバックアッパーとしての自信がある。」
「自信過剰って言葉知ってる?」
「俺の辞書にその四字熟語は無いんだ。持てる自信は持っていいんだぜ。昔そう野明に教えたのは、他ならぬこの俺だ。」
鳶色の瞳が、真っ直ぐにあたしを見据えた。
今まで何度この瞳に身が竦んだか。遊馬は知らない。剃刀後藤に匹敵する強い、危険な瞳。
「もう一度、警官にならせて欲しい。今度は、定年まで勤め上げる。必ず。」
こうなった遊馬を止める事が、実はあたしにはできる。でも、こう言う遊馬を好きになった以上、止める理由は無い。現実的な女のあたしが、ちょっとだけ取り乱した。
あたしは目の前のブーケのバラの花びらを、一枚パキンと折って口に入れた。
「食うのかそれ。」
「持って帰れないでしょ。」
鮮やかな色と同じ、鮮やかなオレンジの甘み。あたしは柑橘系の味も香りも好きだった。レモンほどの酸味は無くても、気分がしゃっきりする。
「風杜さん、遊馬を刑事に推すつもりだったのかな。」
「それもいいと思ってたらしいけど。今警官足りないからな。本当なら野明も呼び戻したいって言ってた。野明は来年が最終受験資格の年だ。今年辺り、風杜さん接触してくるかもな。」
「あたしは警備会社、辞めない。」
「うん。それがいいと思う。」
「遊馬。」
「ん?」
遊馬が、ブーケの向こう側の花びらを折って口に入れた。
「やりたい仕事、していいよ。」
「…野明。」
「警察に入って、もしレイバー隊に行きたいなら。行っていい。刑事になりたいなら、それでもいい。無理するなとは言わない。あたしも言われた事無いから。体にだけは気をつけて。」
「何だよ。今生の別れみたいな台詞だな。」
「まさか。あたしは篠原野明になったばっかりだし、これを生涯変えてやるつもりも毛頭ない。」
あたしはにたりと笑って見せた。
「落ちたら笑ってやる。」
「野明の会社で拾ってやるくらいの事言えよ。」
「拾わない。遊馬は自分の行動に責任を取れるから。あたしと同じ様に。あたしが遊馬以外のバックアップで働けてるように、遊馬だってあたし以外のフォアードと働ける。」
「それは認めてくれてるんだよな?」
「勿論。これ以上ない賛辞。」
「一年、無職の受験生させてもらいます。」
「はい。」
深く下がった黒髪に、あたしは昨日より深い静かな幸せを感じていた。
 
fin...

戦人へ餞の時

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戦人への餞の時
 
カーテン越しの光は数時間前に迎えた御来光。
遊馬はすっきりとはいかないが、満ち足りた気分で目を覚まし、むくりとベッドに体を起こした。
隣で小さく呻いて、今まだ夢の中に居るのは、大晦日から一緒に居る野明。
赤い髪はシーツに乱れ、フリース素材の少し大きめのパジャマの胸元には谷間も垣間見えた。遊馬はその肩を布団で包み、再び明るいカーテンに目をやった。
あの戦争から十一年。十年の節目だった去年が終わり、やっと何か収まりが付いた気持ちがする。
自分や野明を始め、あの戦いへと招集された全員が、様々な場所で、様々な事柄に今も戦い続けている。
生きる事。その事その物が戦いであると。
戦争の後野明は言った。
警官であり続ける者、そうではなくなった者。東京に留まった者、故郷へと帰った者。それぞれが、それぞれの生きる場所で戦っている。今年も戦う為の年が明けた。
人から見ればどんなに小さな戦でも。
それが各々の生きると言う戦いなのだから。
心にも体にも怪我などしなくても。それが自分の戦いだから。
むしろ、怪我などなく、またこの一年を戦い抜けますように。
遊馬は冷えた肩を暖かい布団の中へと戻し、野明を抱き寄せた。
「…遊馬。」
「ん…起こしたか。」
「走り初め行く?」
「今年は寝正月。」
「おや、珍しい。」
大きな目を無くして野明が笑う。
「明日、初売りに付き合って。」
「二日でいいのか?」
「駅ビルは二日からなんだ。」
野明が遊馬の背に腕を回して抱きついた。
「お腹空いた?」
「いや?」
「じゃあもう一度寝て。起きたら御節食べよ。」
二人だから、一段の小さな、少し高級な御節を買った。鏡餅もお飾りも無いが、気分だけはと。苫小牧からは金箔の入った日本酒も届いている。大晦日は夕方から職場の仲間と年越しの初詣と御来光を拝みに出かけた。一年ありがとう。来年もよろしく。明けましておめでとう。今年もよろしく。そう、笑い合った仲間からの年賀状が、きっと今頃ポストに届いているだろう。勿論、遊馬と野明がクリスマス頃慌てて書いた年賀状も、今頃配達が済んでいる。
遊馬は腕の中で寝息を立てている野明の赤い髪に頬ずりして、目を閉じた。
今この地球上に生きている全ての戦人に。僅かな休息を。
そう、柄にもないと思いつつ願い。
 
Fin

***業務連絡***

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明けましておめでとうございます。
しゅうやです。
 
ずっとずっと放置しております。
申し訳ありません。でも生きてます。
ちゃんと毎日会社にも行ってます。
書きたいネタもあります。
でも、そんな気分になれませんでした。
何があったというわけではないんですよね。
むしろ何もなかったというか。
あ、ちょっとあったかな。どっちだ。
気分的に停滞し続けていた感じで。
そういう時は、パソコンが使い辛い位置にあるとかって言う
今更ではない理由で、立ち上げもせず…。
冬は寒いしとかね(笑)あたりまえだっつの。
 
とりあえず近況くらいは…
年末年始は家に引きこもってました。
大型連休でしたので、あれやってこれやってといろいろ考えてたんですけどね。
クリスマス頃から風邪をひき。何とか治ったところで、
28日から来てた甥っ子がノロ的な症状で。もはや引きこもりを余儀なくされたというか。
ずっと菌に怯えた年越しでした。
初詣は例年通り家の裏の小さな神社へ。
一日に初売りに一時間ばかり行ってきましたが、
スワロの福袋が今年ははずれで。
いらないよこの年でキティちゃんとのコラボアクセサリーなんか!
会社のキティラーにあげます。
んで、夏前から、ワンピースにどハマってます。
ってか、例によって本編より同人要素の方で。いえ、本編も好きですが。
どっかに三刀流の魔獣ロロノア・ゾロ落ちてませんか。
108つの除夜の鐘を無視して煩悩爆進中です。
去年は中野ブロードウェイにも度々出没してました。
今年も行くと思います。
仕事は…相変わらずです。上司と喧嘩したり同僚にいらいらしたり(苦)
ひたすら現実逃避に明け暮れておりました。
今年もそんな気がします。
 
この冬は全国的に寒いようで。寒いですね!
インフルエンザ、ノロ、風邪。
どうぞ十分にご注意いただいて。
しゅうやは明日から通常出勤。暫くマスク生活します。
 
へたれというか、もはや神出鬼没更新となりました当ブログ。
まだ、続ける気ではおります。
どうか、お気の長い方。お付き合いくださいませ。
 
今年もよろしくお願いいたします。  
 
                                            しゅうやまほ
 
 
 
 

戦うお嫁さま1

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戦うお嫁さま
 
 大気汚染だとか、科学の発展だとか。今まで聞いた事も無い様な病が流行したり。そんな人間の日常など気にも止めないかの様に。
地図上の形は確かに変わっているのに。丸で何も変わっていないかの様な目の前の海に、野明は魅入られた様にもう長い時間そこに留まっていた。
ジャリっと背後にした足音。勿論後ろに目など付いていないのだが、野明には背後に立った人物が誰なのか容易に感じ取れた。
 
「ここにいたのか。」
ごめん、探した?」
「いや?」
野明は海を見つめたまま答え、背後の人物の声に怒りの欠片も感じられない事にほっとしていた。
ごめんね。」
「いいさ。お前の行動なんか、読めてる。」
聴き慣れたライターの扱われる音がして、煙草に火が付けられたのが分かる。
ねぇ遊馬。あたしは遊馬の何?」
「恋人だな。二年前から。」
野明の背後に立って煙草を咥えた人物。それは特車二課の頃から隣にある、篠原遊馬だった。
「だから、一番にお前に告げた。不服?」
あたしはイングラムが好きだから篠原に入社したんでもないし、篠原だから入社したんでもない。」
「そりゃ聞き捨てならねぇな。レイバー業界数多犇めく重工から篠原を選んだんじゃねぇのか?」
遊馬が居たからでもない。」
「冷てーやつ。」
遊馬に言われたくないなぁ。」
野明は目を閉じた。
東京湾の中、風は昔のまま方向を無視して巻き、時折嗅ぎ慣れた遊馬の煙草が香った。
別れて、遊馬。」
「嫌だね。」
煙草を噛んで遊馬は即答した。
「俺がこんな男だってのは今更だろ。俺がこれからしようとしてる事も、野明に一番に話した。大切に思ってるのは確かだぜ?何がその結論を導き出した?納得のいく理由を聞かせてみろよ。」
 
本当に、昔から何一つ変わらない。物言いから、態度、行動に至るまで。
警察から揃って篠原重工へ転職して十二年が過ぎた二人だが、二年前遊馬からの告白でやっと友人以上へと歩を進めた。このままのんびりと平穏に年を重ねて。野明はそう思っていた。二人共が、もう若いとは言えない年になっていたから。
しかし二日前、遊馬は野明に告げていた。
「篠原を辞めて自営になる。詳しくは明後日な!」
二日後の今日、既にデートの約束が取り付けられていた。
それだけ告げて残業へと戻っていった遊馬の背を呆然と見つめ、野明が思った事は。怒りでも悲しみでも喜びでもなく、ただ揺るぎないこの結論だった。
 
そして今日、野明は待ち合わせの場所へ現れず、スマホも応答なく、二時間を駅前で待ったアスマは真っ直ぐにこの場所へとやって来ていた。
「詳しい話は今日するって言ってたのにすっぽかしたって事は、聞く気はねぇって事だな?」
聞く理由が無いと思ったの。もう分かれるし。」
「何でその結論に至ったんだよ。」
「何でかな。もういいやって思ったの。遊馬は一人で生きて行かれる人だから。二年付き合ってみてそう思ったの。アスマにとってあたしの代わりなんていくらでも居る。」
「居ねぇよ。」
「居るの。面倒臭いんでしょ。新しい女と知り合うのが。だからあたしで間に合わせただけ。」
「ホント、つめてー女。俺が何年葛藤してたか。この二年どんだけ楽しかったか。知んねーの。」
知らない。聞いた事無いし。あたしは鈍いし。」
野明は何だか可笑しくなった。遊馬は好きだも愛しているも口にできない質で、それが今日は大切に思っているだ、告白まで葛藤しただの、付き合っていた二年が楽しかっただの。
言えるならもっと早く行って欲しかった物だと、野明は目を細めた。
会社、立ち上げるつもりでしょ?」
「何だ、バレてたか。」
遊馬の声に驚きは無かった。一応隠してはいたのだろうが、野明にとっても遊馬との付き合いは長い。見破られている事も想定はしていたのだろう。
「あたしね、遊馬。遊馬はそれでいいと思う。篠原の人間だなって。野心家の篠原の血を継いでる。遊馬が認めたくなくても。」
「認めるさ。俺が選んだのは平穏と安寧じゃなくて荊棘の道だ。」
「あたしにはその道、無理だから。」
「俺の荊棘道にはお前も込みなんだよ。」
「あたしなんか居ない方が遊馬は伸び伸びできる。」
「伸び伸びしたくて篠原を出る訳じゃねぇ。」
ジャリっと音がして遊馬が近付いたのを感じ、野明は踵を返した。ぎしりと遊馬の歩が止まる。
遊馬を留まらせたのは静かな野明の笑み。そして、その踵が岸壁から海側へ、揃えてはみ出していた。
本気。あたしと別れて。一人でだって十分やってけるわ。遊馬は。」
無駄だぜ?お前泳ぎ達者だし、俺が引き上げる。ここじゃ飛び込むだけじゃ死なねぇしな。どんなに濡れようと、汚れてようと車だ。問題ねぇ。」
「へぇ別れろと、近付けば海へ飛び込むと言う女を助けるの。随分情熱的。」
「惚れた女だからな。」
「まるであたしの知らない人だね。貴男ダレ?」
「甘い言葉が欲しいだけなら、俺なんかに告られたって付き合わねぇだろ。」
遊馬が二本目のタバコに火を着けた。伏せがちの目。それは野明の好きな顔でもあった。
そうねもっと優しい人に靡いとくんだった。もっと早くに。」
「懐かしのキザ刑事とかな。惜しかったなぁ今頃警視様の妻だったのに。お前が選んだんだぜ?この、手の掛かる野心家の甘ったれをな。」
ギロリと元々悪い目つきが野明を睨み上げ、心の狭い遊馬が自ら出した風杜の名にヤキモチを妬いたのが分かって、野明はぷっと吹き出した。
「笑いやがる。」
「進歩が無いなと思って。」
「お互い様だろ。」
「やだ。一緒にしないで。人を脅せる程度にはなったのよ。純朴そのものの野明ちゃんも。」
「俺が惚れたのはそんなに前のお前じゃねぇよ。」
「へぇそれこそ意外。」
野明は何だか楽しくなっていた。
遊馬とこれ程長くタイトロープを交わした事は無い。野明が投げるか、遊馬が諦めるか。今まではそうだった。
元々遊馬に口で勝てるとは思っていない。口論の勝負は始まる前から決まっている。知識量。それこそが討論と公論の勝ちを決めると、野明は思っていた。だからこそ、こうなる事を避けて来た。負けは見えているから。
「初めて映画に誘ってくれた時からだと思ってた。」
「ありゃまだ社交辞令だ。」
「そのすぐ後じゃない?風杜さんとあたしを二人にしたがらなかったのは。」
「ありゃただ単にあのキザ刑事が気に入らなかっただけだぜ。」
「いいコンビだと思うけど。」
「止めろ。さぶイボ。」
好きよ遊馬。だから、別れて。」
「納得のいく理由を聞かせろって言ったろ。」
「戦う遊馬を見ていられる自信がない。」
ざあっと一際大きな風が巻き、遊馬は煙草を踏み消した。
「分かった。面倒掛けたな。」
背を向けて、もう二代目になるクラシックカーがタイヤを軋ませて埋立地を出て行った。
。」
それを見送って、野明はゆっくりと同じ方向へ、内陸へと歩み始めた。
 
あの日以来、篠原重工社内でも良く笑い合っていた野明と遊馬が共に居る姿は見受けられなくなり、二ヶ月後、遊馬は退職して行った。
 
to be…

***あけましたおめでとうございます***

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御無沙汰どころではございません。
しゅうやです。
もはや新年更新ブログになってしまいました…
申し訳ございません…ていうかもう見離されてても仕方ないです。
でもあいかわらずです。
しゅうやは毎日ストレス抱えて会社に行って、やけ食いとヤケ買いして後悔の日々過ごしております。
そして現実逃避の趣味に没頭する日々。
冬のヲタク祭りには久しぶりに参戦してきました。本を買いに。
ワンピースですけど…。腕が抜けるか、ひゃっきんのエコバッグが破けるか、どっちかだと思いましたが
家までどうにかたどり着けました。
読むと書きたくなります。
しゅうや絵も少しだけ書くんで。
パトレイバーも好きです。ワンピも好きです。最遊記も未だに好きです。
ライブに行ったり相撲に行ったり。
メタリックナノパズルと編み物に没頭中です。
XPだったパソコン買い換えたら使いづらくてたまらないです。
 
春には実写パトありますね…行きたい気持ち半分、行きたくない気持ち半分。
DVD出るならそれで…(笑)
P2レベルの重くて見ごたえのあるアニメがまた見たいです。切望。
 
今年は消費税増税前の駆け込み受注で仕事が多忙です。
きっと3月末日まで忙しくて、四月にはぱったり仕事がなくなるんでしょう。
溜まってる有給で旅行に行こうと思います。ストレス買いで通帳が空になっていないことを祈ります。
大型連休の半分がすでに終了してます。
早いなぁ…
 
みなさまもどうかインフルエンザと胃腸炎にご注意ください。
マスクに手洗いうがい。
楽しいお正月を!
 
                                しゅうやまほ
 

戦うお嫁さま2

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季節は巡り、土日前後に休みを三日くっつけた野明は成田空港に居た。
ゲートを潜って来る、相変わらずの黒髪、そして絵に描いた様なアメリカ人の姿を見付けると、手を上げる。スーツケースも持たず、小さなクラッチバッグ一つでやって来た女性は、野明と抱き合うとその頬に唇を押し付けた。
「久しぶりね。」
「香貫花も!」
メールでは月に一度程近況を報告し合い、二年に一度遊びに来る香貫花は今もN・Y市警レイバー隊に所属する警察官だった。
「今日は後藤さんと南雲さん、榊さん、シゲさんとご飯だよ。」
「嬉しいメンツだわ。」
野明のオレンジ色のフラウで着いたのは、野明の家にほど近い居酒屋で、野明は香貫花を降ろすと、車を置きに一度家へと向かった。
慣れた風に下がったばかりの縄暖簾を潜って店へ入れば、奥の座敷で後藤が手を挙げた。
「御無沙汰しております。」
「何、御無沙汰はこっちだろ。」
「泉さんが声掛けてくれたのに、前回は時間が合わなかったものね。」
今は後藤の妻となった南雲だが、仲間内での呼び名は未だに南雲だった。
「榊さんも、お元気そうで何よりです。」
「お迎えの相手に嫌われてる様でな。」
「おやっさぁんそりゃないでしょー。」
既に隠居して長い榊も、変わらぬ素っ頓狂な声を上げる髪に白い物が交ざり始めたシゲも、香貫花を迎え、喜ばしそうに笑っていた。
 
「泉、どだった?突然だけどさ。」
香貫花の手にビールを注ぎながら後藤が聞き、香貫花は苦笑した。
「野明のカラ元気は見慣れてますから。」
「だよなぁ。」
数ヶ月前に遊馬が会社を立ち上げたのは全員が知っていた。そして、野明本人の口から遊馬と別れたと言う事も全員が聞かされていた。
 
「お待たせしましたァー。」
車を置いて、走って来たらしい野明が赤い頬でやって来て、乾杯の直後後藤が野明に笑った。
「じゃ、真相を聞かせて貰おうか。」
「んもう。それで今回は二つ返事だったんですか?」
「別に用がなけりゃいつだって二つ返事だよ。」
「だって泉ちゃんと遊馬ちゃんの事はさぁ。皆気になるもの。」
シゲの言葉に野明は苦笑した。
「人の恋路に首突っ込むと、遊馬に蹴られますよ。」
「馬だけにな。」
一同が妙に納得しかけた空気を、香貫花が引き戻した。
「それを聞くために私はN・Yから来たのよ。」
「やだなー。」
野明は諦めてビールを一息で飲むと、コトンとグラスを置いて臆面もなく足を投げ出した。後ろ手に畳に手をついて、空のグラスを見つめる。
女は年取ると益々現実的で保守的になるんですよ。そんなあたしは冒険する遊馬に用はないでしょう?」
前半部分は認めるけど。何も泉さんまで冒険しなくていいんじゃないの?」
「しのぶさん、それ本気で言ってるの?」
一般論よ。」
後藤に諫められ、南雲は唇を尖らせた。
「遊馬は嬢ちゃんに甘えっぱなしだからなぁ。」
「泉とはずっと対等に、共に戦ってたいって思うんでしょうねぇ。」
「出会いが戦いの場だったしねぇ。」
「あたし、これでも頑張ってきたんですよ?」
野明はへらりと笑った。
「もう落ち着きたい年なんです。付き合って二年、出会ってもう十五年です。プロポーズならまだしも、もう一度共に戦えなんて言われたらあたしきっと引っぱたいて怒鳴って泣き出しちゃいそうで。」
「野明が?遊馬を?見ものだわ。」
くすりと香貫花が笑い、野明は肩を竦めた。
「遊馬は色恋とか、人間関係とか、保身とか。全部見えなくなって突っ走ってるのが遊馬でしょう?後藤さんに似てるけど、もっと未熟。」
「持ち上げられたんだか貶されたんだか。」
「貶したのよ。」
苦笑した後藤の隣で南雲が吹き出した。
「取り乱したあたしを見たらきっと遊馬失速するから。それだけは見たくなかったんですよね。」
野明は吹き始めた鍋の蓋を開けた。六人の囲む鍋から、濃い湯気が上がり、出汁のいい香りが広がった。
「あたし、遊馬が好きですよ。もし二十年くらいして、遊馬の会社が揺るがぬ地位を手に入れてて、まだ遊馬があたしを好きでプロポーズしてくれたら、嫁に行きます。」
「二十年っていくつになるんだよ。」
「ふふきょうび人間八十年は生きるでしょ?」
形良く盛られた鍋の小鉢を笑と共に差し出され、後藤は笑って受け取るしかなかった。
 
その後は他愛の無い会話で盛り上がり、楽しい時間を過ごした野明と香貫花は、店の前で後藤南雲組、榊シゲ組を2台のタクシーに乗せて見送り、人気のなくなった夜道をぷらぷらと野明の家へ向かって歩いていた。
「ねぇ野明。」
「んー?」
「ホントの所は、貴女まだ遊馬と共闘したいのよね。」
「ふふそう言う所、アメリカ人だよね、香貫花は。」
野明は振り返って笑った。
「そーゆーの、日本では言わぬが花って言うのよ。」
「知ってるわよ。ストーカーの手前、はっきりさせて置きたくて。」
「ストーカー?」
「発信源は後藤さん辺りかしらね。お店から、ずっと居るわ。」
「やっぱ香貫花にはバレてんな。」
香貫花の睨んだ曲がり角から、遊馬が姿を現した。
遊馬。」
「全部聞いた。」
後藤さん?」
「シゲさん。」
もう。全員警察関係者だって自覚あるのかな。」
「元警官だろうが、警察職員だろうが、人間だぜ?人望はお前より俺にあったみたいだな。俺も意外だけど。」
「遊馬は元々そうよ。人を惹きつけて振り回す。男女問わずね。」
「危なっかしくて目ェ離せねぇだけだろ。」
「あら、自覚あるのね。」
くすりと香貫花が笑った。
「野明。」
「何よ。」
「二十年後でも頷けんなら今にしとけよ。俺の戦う嫁になれ。お前がどう取り乱そうと、何を言おうと殴られようと、今の俺は失速しねぇ。そのくらいの成長はしてんだぜ俺だって。」
失速したら今度こそ捨ててやる。」
「しねぇって。」
上目遣いに睨まれ、遊馬は満面の笑みを浮かべた。
 
Fin…

白い世界の呼び起こす花

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白い世界の呼び起こす花
 
 また、東京が白く染まる季節がやってきた。
雪による遅延で止まってしまった慣れない通勤列車の中で、遊馬はぼんやりと曇ったガラスの向こうの白い世界を見つめていた。
あの戦争から。今年で何年になるのだろう。
一年二年と数えていた遊馬は、いつしか数えることを辞めた。
今年で何年か。そうつぶやく遊馬に、野明は顔を顰めた。
「記念日じゃないんだから。」
「終戦記念日だろ。俺達にとっては。」
そう言い返した遊馬に、酷く寂しそうな笑みを浮かべた野明と別れて。もう何年か。
野明とはつきあっていた。戦後。一年と少しだったが。正式に遊馬が申込み、男女のお付き合いと言うのをした。
しかし、上手くはいかなかった。
野明であれば。きっと楽しく過ごせるのではないか。そう思っての告白だったが、現実はそうはいかなかった。
嬉しそうに頷いてくれた野明だったが、時が経つに連れその笑みが寂し気なものになることが、遊馬には耐えられなかった。
別れを切り出したのもまた遊馬で、野明は涙を浮かべて小さく頷いた。そして、ごめんねと掠れた声で繰り返し、涙をこぼした。
あの野明と別れて。
ゴットンと音を立てて列車が僅かに動き、遊馬はいつの間にか閉じていた目を開いた。
相変わらず曇った窓の外には白い世界。
今年は四十年に一度の大雪との事で、あの時のように灰色の世界ではなく、東京とは思えない程の一面の銀世界となっていた。
野明と別れた後、遊馬は誰とも付き合ってこなかった。
人と付き合うエネルギーさえ失って。
ただ、家と会社の往復を繰り返すだけだった。
野明と付き合っていた頃に転職し、遊馬は今警備会社の内勤だった。
当時野明は都内の建築会社倉庫のレイバーを使った搬出入の仕事についていた。
今もまだその職にいるのか、それとも違う仕事でも都内にいるのか、どこか別の場所にいるのか。それさえ遊馬は知らなかった.
どこか疲れたような車内放送が流れた。
「お急ぎのところ大変ご迷惑をおかけしております。当車両は次の三鷹駅で回送列車となります。この後の列車は全て運休となります。振替輸送は駅前ターミナルより私鉄バスが運行しております。大変申し訳ございませんが次の三鷹駅でお降り頂けます様宜しくお願い致します。繰り返します。」
車内にはどっと疲れた空気が広がった。積もった雪にはしゃげる年齢はとうに過ぎた。ここにいる人間は皆朝起きてカーテンを開け、うんざりした遊馬と同じ。出勤時間より早く、重い足を引きずって出てきてこの仕打ち。恨みどころは決して公共交通機関でないこともわかっている。しかし出るのは不平不満と、疲れたため息。それは人間である以上仕方がないことと言えた。
遊馬は職場まで後二駅という幸運に恵まれたため、足首深く埋もれる雪をザクザクと踏んで会社へとたどり着いた。
「おはよーございます。」
「おー。キタキタ。」
昨夜からの泊まり込み組である屈強な二人組が遊馬を出迎えた。深夜勤に内勤はいないため、二人共が現場組だった。
「篠原、レイバー免許持ってたな。」
「はぁまぁ。」
「隣の建築会社が開店休業でな。使うならとキーを置いてってくれた。」
チャリンと遊馬の目の前に出されたレイバーのキー。遊馬は苦笑した。
「雪掻きしろって言うんですか?四菱重工のサングレアで?」
「何だよ。」
「四菱はオイルが寒冷地に弱いんですよ。タダでさえサングレアは体高低いから脚捌き悪いのにそれに俺、内勤ですからね。お断りします。」
「おいおい。」
「他にレイバー免許持つ奴、うちの営業所にはいないんだぜ?」
そりゃそうだろう。遊馬は苦笑した。警備にレイバーを使用しない。だから遊馬はここを転職先に選んでいた。
もちろん、レイバー自体が悪いのではない。嫌いになったわけでもない。それこそ、雪で止まった列車に愚痴を言いたい人間の心境と同じ。レイバーがなければあの戦争も。そう思ってしまうのは人間の性だった。
「内勤は三浦が出勤してきてるよ。」
「この雪じゃウチみたいな肉体起動に出動は少ないしな。」
「頼むよ。」
チャリチャリとキーを揺らされて。遊馬は事務所の入口から斜め隣へ雪を踏み進むことを余儀なくされた。
隣の倉庫のシャッターを開けて、サングレアを起動する。オイルが冷え切っているため暖気に時間がかかる。遊馬は心地よくもない振動にいつもより早起きした眠気が復活して、重くなった瞼にため息をついた。と、倉庫の中から四角く白く発光して見える外に、鮮やかな色が横切った気がして、遊馬は目を見開いた。
夢か?」
目の前には四角いだけの白。ふうとため息をついた遊馬の視界に、今度は間違いようのない鮮やかな色が入り込んだ。
「あったまらないでしょ。四菱のオイル。」
野明。」
白い世界の額縁から、白いダウンコートに白いマフラーを巻いた野明が覗き込んでいた。
何で。」
「うち、開店休業なの。物流が動いてないから倉庫業務明日まで止まっちゃって、出勤はしたけど、やることないから帰る途中。」
トントンと長靴についた雪を落としながら倉庫に入ってきた野明は、屋根のないタイプの工業用レイバーのコクピットから体を乗り出している遊馬を見上げた。
「遊馬どうしてるかなと思って寄ってみたら、今ここだって言われて。うちも四菱の使ってるの。昨日からもう全然動かなくて。あたしはどうにかなだめながら使ったけど、もう一人の搬出パイロット、二回も資材落っことしちゃってさ。始末書。四菱に怒鳴り込んでやるって怒り狂ってた。」
「自分のヘボ棚上げすんなよな。」
「んーまぁそこまでは言わないけど。」
「丁度いい。用がないなら変われよ俺よりまともに動かせるだろ。」
「使ったことないよサングレア。」
「四菱の何使ってる?」
「すごい昔の。ロードライブ。」
「脚回りサングレアと変わってねぇ。反応処理速度は上がってるはずだけど、この寒さなら相殺だろ。」
「だからって。」
「済んだらコーヒーくらいおごってやる。」
「安いなぁ。」
降りてきた遊馬に苦笑して、リュックを遊馬に預けると、野明は身軽にコクピットに収まった。
「うあ。汗臭い。」
「いつもはガテンのおっさんが乗ってるんだから仕方ねぇだろ。密閉型じゃなかったことに感謝するんだな。」
「感謝ねぇどいて。外の人にも事務所に入ってもらって。怖いから。」
「ん。」
遊馬は事務所の前に戻ると、夜勤組を事務所に戻した。日勤の外勤者も出勤してきていた。全員が窓に寄ってサングレアの動きを眺めた。倉庫の外にあった廃棄待ちらしい板を手に。ブルドーザーよろしく野明の操縦するサングレアが警備事務所の前と建設会社の前を除雪していく。
「大したもんだな。」
「あれ、篠原の元カノだろ?」
下世話な同僚と先輩に遊馬は苦笑するに留めた。
大体地面が見えると、遊馬は外へと出た。
「野明。」
「ん。お隣さんの屋根も少し降ろしとく?だいぶ出っ張ってきてるけど。トタンだから潰れるかもよ?」
「危ないとこだけ下ろしといてくれ。」
「うい。」
背の低いレイバーが腕を伸ばし、ずり落ちてきている塊をあらかた下ろして倉庫へと戻った。
特二の英雄だな。」
遊馬の隣へやって来たのは自衛隊上がりの所長だった。演習で目を負傷し、引退した屈強な元自衛官。最終階級は二尉だったと聞いていた。遊馬と野明が付き合っていた時代はまだここの所長ではなかった。
ええ。」
「お前と付き合ってたって?」
「元、ですけどね。」
「それでもお前を気にしてくれてる様じゃないか。」
そういう女なんで、別れたんですよ。」
「なるほど。」
口数は少ないが、悪くはない上司。遊馬にとってはそんな男だった。
「体が冷えただろう。夜勤組も帰ったし、コーヒーと茶菓子でも食べてってもらえ。」
「はぁ。」
「篠原。」
「はい?」
事務所に戻りつつ、所長に呼ばれ、遊馬は振り返った。
「お前は贅沢だな。」
そうですね。」
「遊馬、鍵。」
「ん。」
「何?誰?」
「後で紹介する。所長だよ。コーヒーと菓子で温まってけって。」
「御馳走様。」
遊馬が倉庫の戸締りをしている間、野明は積み上げた雪の上に雪だるまを作っていた。
「しもやけになるぞ。」
「もうそんなに若くないよ。」
野明が作った雪だるまは二つ。収まりの悪い片方はもう一つに寄りかかっていた。
野明は事務所に入ると元気よく挨拶をした。
「お仕事中お邪魔します!ミツサワ住宅勤務の泉です!」
「こちらこそ、助かったよ。ありがとう。」
「所長の笠原さん、内勤の三浦、外勤の加藤と田中さん。野明が来たとき外に居たのは外勤夜勤組の山本さんと菅澤さん。」
「ごゆっくり。」
内勤の三浦と言う女性がコーヒーを煎れながら笑って手を振った。
パーテーションで区切られただけの応接間で、野明は遊馬と向き合ってのんびりとコーヒーを飲んだ。特別会話はなく、コーヒーが二杯空になって、クッキーが三枚野明の胃に収まると、野明は立ち上がった。
「さ、じゃあ帰ろ。遊馬の仕事の邪魔しても悪いし。」
気をつけてな。助かった。」
「どういたしまして。」
事務所の外まで見送りに出た遊馬は、野明の笑みにどこか力が抜けた。
「なぁ。」
「ん?」
一度位、思い出したか?俺のこと。」
「思い出してなかったらこんなとこにいないよ。」
贅沢だ。そう言われるまでもなく。遊馬だって分かっている。
もう一度、やり直せないか。」
すんなりと、思っていたことが口から出た。
野明の不思議な色の目が大きく見開かれ、ついですっと細まった。
びっくりした。」
「わり。」
ありがとう。また、連絡、していい?」
「もちろん。俺も?」
うん。待ってる。」
ほわっと白い息が吐かれるのと同時に、白い頬が赤く染まった。
 
一面の白い雪の中に、鮮やかな赤い髪。
あの年の灰色の世界のようだった遊馬の胸に一輪の花が咲いたようだった。
 
                    fin...

***業務連絡 ネタバレ注意***

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さむいですね。しゅうやです。
先程実写パトレイバー映画のエピソード0がスタチャン無料放送だったので、
見てみました。
みなさん見ました?
 
いやいや、一代目の主要メンバーのその後が暴露されてて!むふふふ…
よかったです。
太田が笑っちゃいましたけど。
やっちゃったんだあいつ!みたいな。
榊さんは榊と共に神棚の人だし。野明と遊馬がやっぱりか!で。
しゅうやも書いてた感じで。あながち外れてなさそうで(笑)よかったです。
中身自体はキャラクター的にかなり似せまくってますし、癖とか、シーンとか。
全くアニメ通りに作ってありましたけど、
しゅうやは別物としてあっさりみられそうです。
押井さんだなぁって。
時代を反映してる感じもありましたね。
男の園だった整備班にかなり女性整備員がいて。
そんな中、やはり本人であるシゲさん!最高っす!
本編はさておき、シゲさん見たさに映画行きたくなりました(笑)
 
さっき見たその後のメンバーで一本書きたくなりました(笑)
話題とネタに事欠かないメンバーで素敵です。一代目。
 
 

歩む道こそ違えども1

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歩む道こそ違えども
 
モンキー・D・ルフィが二代目海賊王となって、麦わら海賊団は大所帯となった。初代クルーは同じ役目と志を持つ連中を束ねるそれぞれの船の隊長となった。全ての頭がルフィ、副船長である世界一の剣士ロロノア・ゾロの下には腕の立つ剣豪を柱に戦闘員の船、コックである俺の下には戦闘員兼コックである俺を頭に戦うコック揃いの船ができ、ウソップの下には狙撃隊、チョッパーの所には医療チーム、学者と船大工と音楽家の船、そしてナミさん率いる水先案内人がそれぞれの船へと乗り込んで。全部で8隻の船団になっていた。
そして一人、また一人とその役目を次へと譲り、船を降りる者が出始めた。
最初はゾロだった。
「スモーカーとたしぎがいい加減定住しろと言い出した。元々俺は大勢の頭にゃ向かねぇタチだし、船を下ろさせて貰いたい。」
夕食時、ルフィを真っ直ぐに見つめて告げたゾロに、ルフィはひとつ頷いた。
「元々世界一になるまでって約束だったな。今までありがとう。」
「何。手が居るようならいつでも呼んでくれ。バウンティも乗っかったまんまだ。名前だけは残して置く。副船長の任は狙撃手ウソップに。」
「分かった。」
「俺ぇ?俺も年一で東に帰ってんだけど。」
「陸に戻りたくなったら次を指名しろ。」
ゾロに目を細めて言われ、ウソップは苦笑した。今や最愛の妻となったカヤの待つ国には今年娘も生まれてる。それでもウソップは陸に安住の地を求める事はない。生粋の海賊だから。誰もがそれを理解していた。
「ついては自動操縦のカームも渡れる小船を一隻貰い受けたい。」
「もちろんだ。他には?」
「十分だ。」
「じゃあフランキー、今作ってるやつをゾロに。」
「了解。」
「ゾロは、落ち着く先が決まったら必ず連絡を寄越せ。」
「もちろんだ。」
静かに世界一の剣豪、三刀流のロロノア・ゾロは麦わら海賊団の一味のまま副船長の任を降り、下船した。
それが半年前の事。そのひと月後ロビンちゃんが、更に二ヶ月後チョッパーが、更なる知識を求めて旅立って。俺はサニーの船首に立ってふーっと煙を吐いた。目の前に広がる恐ろしい程に澄んだ青い青い海。
「サンジ、お前の夢の場所だ。」
うん。」
ライオンの頭の上からルフィに言われ、俺は煙草を携帯灰皿に押し付けた。
キャプテン貴殿のコックに下船の許可を。」
「餞別は海上レストランと買い出し船でいいか。」
「この上ない。」
俺はルフィを見上げた。
「楽しかった。俺を海へと連れ出してくれた事、感謝してる。我が主。」
「飯、食いに来る。時々。」
「ああ。待ってる。」
そして俺も他のメンバーと同じに、麦わら海賊団の一員に名を残しつつ、サウザンドサニー号を降りた。
 
オールブルーに店をオープンする広告を新聞に載せた半月後。11時~3時、5時~10時の営業時間外。一人の男が店を訪れた。表の札はCLOSE。明日の仕込みをしつつ閉店作業をしていた俺は、その人物の船が桟橋に着いた途端ゾッと背中を泡立てた。
「っ。」
ごつんごつんと重い靴音。そして鍵をしてなかった扉が俺の凝視する先で開く。昔懐かしいドアベルが似合わぬ緊張感の無い音を響かせて。嘘だろ。だって知ってんだ。あいつの定住先はここから遠い、向こう側の海。しかし開いた扉を潜って来たのは、相変わらずの緑の短い髪、ダークグリーンの長いローブ。三本の刀。
閉店中ですよお客さん。」
「ああ悪ィな。客じゃねぇ店主の昔馴染みだ。」
目を細めたゾロに、俺はどくんと心臓を跳ね上げた。
店が定休日の一昨日の事だ。この近くにある大きな街に買い出しに出てた。そこで三刀流の噂を聞いた。ミーハーな女性達がサインしてもらうんだと、どこかへ駆けて行った。そんな噂は初めてではなくて。俺は微笑ましいと思った。そして買い出しを終え、帰ろうと港へ戻った時、あの後ろ姿を見たんだ。緑の短い髪、ダークグリーンのローブに三本の刀。人に囲まれて。ゾロが船から降りて今まで俺は似た様な容姿に幾度と無く振り返った。全くセオリー通りだが、居なくなって初めて俺は自分の中のゾロの大きさに気付いていて。そして持ち前の弄れ加減で、己の目の見たその背を良く似た別人とスルーした。
カタカタと手にした箒が音を立てて、俺は噛み締めた煙草から灰が落ちるのを感じた。でも動けない。
「っテメすん。」
「ワリィな。逃げられねぇ様に少しアテた。」
俺の前まで来ると、ゾロは俺の唇から煙草を引き抜いて握り潰し、僅かに俺の顎を上へ向けた。嘘だろこんな。これは覇王色だ。それも相当強い覇気。アテられて、震えてるなんて。俺が。こいつと対等に居た筈のこの俺が。混乱してる俺に、ゾロはゆっくりと顔を近付けた。ちゅっちゅるっと口の中でするディープキスの音に、俺は完全に覇気負けして思考を閉じた。
 
ああ、いけねぇ。明日のスープの仕込みしてたんだ。煮詰まっちまう。俺は靄の掛かった頭でそんな事を考えて、開きたがらない目を無理矢理に押し開いた。
。」
「お。」
近過ぎてぼやける程近い所に大きな傷跡。トブ前の事を一瞬で思い出した俺はガバっと体を起こした。あ。動く。
「目ェ覚めたか?」
「っ。」
店だ。スープの鍋の火も消えてる。電気も消えててひんやりとした店内、背中が暖かいのは。
「卑怯な真似して済まなかった。気の済むまで殴っていいぜああ、手は使わないんだったな。蹴っていいぜ。」
低く静かなゾロの声。懐かしい。もうそんな風にさえ感じる声。肩に乗る頭。
スマン。」
かつてこんなに殊勝に謝られた事はない。俺を抱きしめて、覇気で自由を奪ってキスした事を詫びてる。
「っ。」
喉が張り付いたみたいに乾いて、俺はきつく目を閉じた。分かってる。今は俺の方が覇気を暴走させてる。見聞の覇気は諸刃の剣だと、イワが言った。人の深部までを感じ取る事の出来てしまう力で、扱いを誤り、相手の感情に飲まれれば己を破壊されかねない。今初めてそれを身を持って感じてる。刺さり込む様なゾロの意識。まるで体の中をゆっくりと手で掻き回される様な恐怖と、喜びと、混乱。
何か言ってくれよ頼む。」
ゾロが、辛そうに唸って、俺はヒクヒクと震える舌で声を発しようと口を開いた。
「っゾロそれ以上考え。」
「え?オイ!サンジ!ちゃんと息しろ!!」
ガクガクと揺すられて、俺は自分が息まで止めていた事に初めて気が付いた。
「っひゅっかはっ!!」
ビビったお前何だどうした?」
「っはっっん。」
「サンジクソ拒絶反応だよな。大丈夫だ。俺はすぐに居なくなるから。お前が落ち着いたら出て行くから。少しだけ辛抱してくれ。もう誓って何もしねぇ。吐きたきゃ吐け。俺が始末する。ガマンすんな。ゆっくり呼吸しろ。怒鳴りたきゃ怒鳴れ、喚け、暴れろ。頼む押し殺すな吐き出せ!」
「っっはかは。」
苦しい。心臓が壊れそうだ。
「っゾロ。」
「何だ。何か欲しいモンあるか?水飲めそうか?」
ダメだ。上手く呼吸できない。目が霞む。
クソっ許せよ!」
「がっ!!」
どっと腹に強く鈍い衝撃。俺は再び意識を閉じた。

歩む道こそ違えども2

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小さく、人の声がする。ずっと一人でここに居た。店を一人で切り盛りして。眠っている時に人の声がするなんて初めてだ。
ああ今は落ち着いてる殴って気絶させたからとにかく息ができてなくてうん。もう俺ここには来ねぇから頼むチョッパー。」
ゾロの震える声。相手はチョッパーか。電伝虫で話してるんだ。
「一刻も早く来て俺と代わってくれ。俺?俺はいい。辛ェのは当然だ。そんな事はもう、どうでもいい。サンジを頼む。」
あのゾロが、必死に俺の事を誰かに頼むなんて。電伝虫を切って、ゾロが大きく息を吐く。そして、呟く声。
スマンサンジサンジっ。」
ゾロに名前呼ばれた事って、無かったよなぁ。一緒に居た頃は。ゾロの声は好きだった。低くて静かで。あの声で名前を呼ばれてみたいと何度も思ったっけ。何度も何度も俺に詫びてるゾロの背へ、そっと手を伸ばす。触れるか触れないかの所で、ビクッとゾロが震えて、立ち上がり、俺を見詰めた。ああ、スゲェ怖がってる。ゾロのこんな顔見た事ない。
。」
掠れてる声で呼んでにこりと笑えば、ゾロがどっと膝を着いた。
飲むか?」
「んちょだい。」
「あ今すぐっ!」
枕元の水をグラスに注ぐ手がガタガタ震えてる。カチカチと瓶とグラスが音を立てて、かなりの量がゾロの手と床を濡らした。
「っほら飲めるか?」
「ひひ馬鹿。」
サンお前。」
俺は苦笑した。
「なぁお前こわゴホッないから。っ起こしてゲホッ!!水ほし。」
「あああ。」
ゾロが一旦水を置いて、俺の背中へ腕を入れた。暖いゾロの体。クッションや枕を積んで、そこへそっと寄りかからされてコップを口元へ向けられる。
「んんっん。」
夢中になって俺が水を飲めば、ゾロがほっと息をついた。
「ふはー。」
「まだいるか?」
「んーん。もういゾロ。」
「ワリ。」
「腹イテー。」
「っ動揺して他にどうしていいか分かんねぇで本当にスマン。」
俺はくすりと笑った。
「チョッパー、正しいって言ってたろ?」
「え。」
「過呼吸だ。久しぶりにやった。ガキの頃は俺良くパニック起こしてて。でもあんなヒドイのホント初めて。ああなっちゃもう気絶させるよりねぇよ。チョッパーそう言ってただろ?」
ああ。」
「じゃあ謝んなくていーんじゃね?」
「その原因は俺だろう。チョッパーが近くに居る。今こっちへ向かってくれてっから大丈夫なら俺はもう行く。もう二度と来ねぇし。」
「マジで?むこっかわの海から来たのに、俺の飯も食わずに?」
居る資格ねぇだろこんな卑怯モン切った方がいい。」
「それを決めるのは俺。」
俺は両手を布団から上げてみた。うん。大分動く様になった。足もよし。俺がベッドに体を起こすと、ゾロがじりっと後ずさった。ホント、野良犬みたいなやつだよなぁ。俺はベッドから両足を下ろして座って、目の前に膝をついて俺を見詰めてるゾロに、腕を伸ばしてみた。じりっと下がるゾロに手が届かなくて、俺はベッドから腰を浮かしてよろけた。
「あぶっ!」
反射的にゾロが俺を抱きとめて。俺はゾロの背中で手を組んだ。突き放されない様に。捕まえたって感じか。
「!」
「大丈夫。何もしねぇ。怒ってない。そん位分かるだろ?見聞色使えなくたって。」
硬ったゾロの体に、思わず宥める様な口調になっても、ゾロは懐柔されなかった。
怒らねぇ訳がねぇだろ?怒れよお人好し。」
「ふくく怒れねぇのには理由があんのよ。」
震えてるゾロの背中を撫でて笑う。呼ばれてぇな。名前。
なぁ。」
。」
「呼べよ名前。」
「!!」
あ。また。こいつ本当にあのゾロか?肉体鍛錬と共に精神鍛錬しまくってたゾロなのか?こんな中毒る程の感情露にするなんて。クソくらくらする。
サンジ。」
あ。キモチイイ。
「はもっかい。」
サンジ!」
あークソしんどい
「ゾロぉムリっは。」
「サンジ?」
「っはぁちょっと寝るからベッド戻して。」
「あ!」
焦ってる割にそっとゾロは俺を抱き上げてベッドへ寝かした。慌てて引っ込めようとした手を、ギリっと握る。
「っ。」
「居ろよここにはぁ覚めた時居なかったらそん時こそブっ殺す。っはチョッパー来ても居ろよここにぜって約束しろ。」
「居る!居るから!」
「んよし。はふワリ。」
ふーっと息を吐いて、俺はまた意識を手放した。
 
人の話し声と物音と。ああ、ホント、人が居るっていいなぁ。俺はゆっくりと目を開いた。これまた懐かしいと思える、茶色と水色と、その真ん中に青い鼻。
「サンジ。目ェ覚めた?」
「へへワリーな、チョッパー。久しぶり。」
「丁度ここに来ようとしてたんだ。元気そうだね。で、いいかな?」
「元気よ?俺。そこのヒトの余りに情熱的な垂れ流しの感情に中毒っちゃってるだけで。」
「じょっ!!」
ぼっとゾロが赤くなってぐっと黙り込んだ。自覚あんだろうな。感情暴走させてるってのと、似合わない程に俺に惚れちゃってるって事。
「ダメに効く薬はまだ出来てないんだよねー。」
ケラケラとチョッパーが笑う。旅に出て強くなったなーコイツも。
「まぁ今迄二人共が感情にフィルタかけてたんだ。少しずつでも慣らせばいいよ。」
「チョッパー俺は。」
「ゾロは真っ直ぐ過ぎ、サンジは優し過ぎ。二人共もう少しワガママになっていいんだよ?人間なんだから。」
トナカイに諭されるとはね。」
「何か文句でも?」
「ねぇよ。名医ドクトルチョッパー。」
「ふふーん。褒められたって嬉しかねぇぞぅ?」
エッエッエッと昔のままに笑って、チョッパーは薬瓶から薬匙に液体を掬って俺に渡した。
「一息で飲んで。美味しいもんじゃないよ。気付け。」
「うーえい!」
ごくんと意を決して飲んだのに、舌に残る味は。
「あれこれ。」
「あはは。これが分かれば問題ないねー。300倍に薄めた砂糖だよ。相変わらずすっごい味覚だなぁ。」
チョッパーは関心を通り過ぎて呆れた様に苦笑した。
「ゾロがさ、何度も気絶してるし、過呼吸も起こしてるし、味覚障害がないか心配だって言うから、確かめてみたんだ。問題ないね。目も覚めたし、元気そうだし。もう俺の出番はないなぁ。起きられる?」
「うん。」
俺はベッドから出て、チョッパーの帽子を撫でた。
「手間かけたな。何か作ろう。来いよ。」
「やった!」
「ほら、ゾロも。」
。」
部屋を出ながら振り返れば、ゾロはゆっくりと座ってた椅子から立ち上がった。

歩む道こそ違えども3

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仕込みも中途半端だし、もう開店時間も迫ってる。今日は休みだなと思いつつ、俺は三人分の朝飯を作った。
「サンジ今日休みか?」
「いやでも仕込みも出来てねぇし、休みにしちまうよ。オープンから間もないからまだ固定客らしい客もついてねぇし。」
ワリィ。」
項垂れたゾロの後頭部にゴチンと酒瓶を落として、俺はチョッパーに笑った。
「それよりウチに来ようとしてたって?」
「あー近いウチに来ようと思ってたのはホントだけど、ゾロに呼ばれてたんだ。」
チョッパーはちらりとゾロを見て苦笑した。
「多分怪我人が出るからって。」
自分がか。そのつもりだったんだろう。逆上した俺にケチョンケチョンにされるつもりだったのか。手を出さず蹴られるままにでも?俺が抵抗しねぇ相手一方的に痛めつけねーの知ってる癖に。
バーカ。」
うっせぇ。」
「まぁ食えよ。無休でやってたんだ。ここらで一日くらい休んだって問題ねぇ。お前が昨夜ちゃんと火ィ止めてくれたからスープも煮詰まらずに済んでるぜ?」
ことりと置いたコンソメスープはいくらか濁ったけど、味は間違いねぇ。
「いい香りだー!」
「ちゃんとコース出してやるよ。俺だってサニー降りてから半年遊んでた訳じゃねぇ。サニーに居た頃より上等なモン作れるぜ?」
「すげーなサンジは!やっぱうめー!」
満面の笑みでスープを飲むチョッパーの隣でいつまでも辛そうな世界一。俺はその広いデコに力一杯デコピンを見舞った。
「イッ!!って何すんだ。」
「俺の飯を不味そうに食う事だけは許さん。」
何でそんな顔してられる?」
ゾロがスプーンを下ろした。
「チョッパーもだ。俺が何をしたか。お前にも話したろう。何故、何も変わらない顔して笑ってられる。」
チョッパーが皿を舐めてたべろをシュルっと引っ込めた。
「ゾロは何をそんなに悔やんでんだ?」
俺は。」
「アレだろ。お前お得意の武士道ってやつな。卑怯者は抹殺されるべきだとでも?」
ギクリと肩が揺れる。
「敵討ちの為に名乗りを上げてから打ち取る様な武士道ねぇ海賊やってた時点でもうそれアウトだろ。御生憎だが、俺はオールブルーより深く広い心の持ち主なんだよ。」
「人間間違わない事なんて有り得ないしね。感情があるから、暴走もする。尻込みもする。間違って後悔して、少し利口になる。人を傷つけても謝れる事、償える事。それも人間だから。」
「いい事言うな、チョッパー。」
「俺、医者。」
「御褒美にデザートは大盛りにしてやろう。」
「ありがとー!!って俺は子供じゃねぇぞ!!」
「巨大化すんな!うっとおしい!」
どうすれば償える。」
本当に、物凄い後悔に苛まれてんだな。俺相手にそんなに落ち込む事もねぇだろうに。
「…ゾロ、お前さぁ、人好きんなった事ある?」
。」
「ねぇだろ。ずーっとガキの頃の使命一筋に生きて、今もまだ戦いの中に身を置いて。初Hの相手とか、時期とか、覚えてる?覚えてねぇだろ。男の性欲発散はテキトーにしてたんだもんな。同じ船に乗ってた時だって、一緒に女の子買った事あったよなぁ。」
多分俺とゾロの質は正反対だったろう。どっかり座って奉仕させるだけのゾロと、どっちが金払ってんのか分からない位女の子を丁寧に扱う俺。見なくても分かる。
「多分、お前が本気でしたキスは、昨夜のあれだけ。」
「ホントの意味でのファーストキスってやつ?」
ぷくくっとチョッパーが笑った。
「んじゃ力加減間違ったって仕方ないなぁ。」
「だよな。」
。」
ゾロが羞恥に顔を顰めてるけど、言い返して来ない。まだ別のとこも引っかかってんのか。
俺を組み伏せたのが、自分でショック?」
「っ!」
ゾロの顔が上がる。ビンゴ。馬鹿だなぁこいつ。
「俺の戦闘員としての人生は半分終わってんだぜ?サニーを降りる前からな。俺が覇気を使って戦う事なんか減ってた。今も戦うお前とは歴然とした力量の差があって当然。でなきゃ毎日毎日鍛錬し続けてるお前の立場、ねェじゃん。世界一張ってる以上、負けは死をも意味する。お前が日々強くなってんのは当たり前で、そうでなくちゃいけねぇ。今や一介のコックとなった俺が力で叶わなくなってんのはそんなに驚く事じゃねぇ。それとも、お前と対等の俺でなきゃお前とは友人でも居られねぇって事か?」
「ちげぇ!!」
「あ。びっくりした。」
不意にゾロが大声を上げ、片目がぎっと俺を睨む。
「っ…お前を手に入れようと思った自分が…許せねぇ…。」
「だから何で。」
お前は男で。」
「うん。」
「キッチリ二本の足で立てる尊敬する男だ。」
「うちょっと待って。」
何だよ。初めて正面から認められた。スゲェ嬉しいのと、恥ずかしいのと。
「そんなお前を!力尽くでも物にしようと思った自分が許せねぇ。」
きゃー。」
「わぁ。スゲーゾロ。」
もう恥ずかしくて、俺はカウンターの中にしゃがみこんだ。チョッパーが目を丸くしてキラキラしてる。
「スッゲーな!カッコイーな!」
かっけーよ。昔から。だから俺はゾロが好きだったんだって。
「おい、サンジ。」
。」
「また過呼吸か!?」
ゾロがガタッと立ち上がった。
「ちげ…ちょっと…落ち着きたい…だけ…。恥ずかしくて…今俺ちょっと…死にそ…。」
カウンターにパタパタさせた手にグラスが握らされて、俺はそれをゆっくり飲み干すと立ち上がった。
「…あのさ…。」
ああもう、どう言ったらいい。
「確かに中毒られる程の感情で無様に倒れはしたけど、それは俺のキャパが狭いだけで。」
「…キャパ…?」
「分かるよ。サンジは優しいから。自分を殺して来たからね。自然と我慢する様にできてる。だから、物凄く嬉しかったり幸せだったりするとその狭めてたトコが一杯になっちゃうんだ。」
「…よく…分かんねぇな…。」
「んー…だからさ。」
俺はがりがりと頭を掻いた。このニブマリモ。そこはもう、一生変わんねーんだろうな。
「覇王色で縛らなくたって、俺は抵抗しなかったって話。」
「…まさか。」
「ホントよ?」
俺はメイン料理を並べながら苦笑した。
「ゾロは…俺がお前にキスされたり抱かれたりすんのは身の毛がよだつ程嫌がると思ってんだろ?」
「当然だ。俺だぜ。」
「俺別にお前の事嫌いだって思った事無いんだけどなぁ…。」
「ははは!一緒に居た頃は一触即発、馬の合わない二人だったもんなー。」
メインのロブスターに噛り付いたチョッパーが笑った。ゾロは目を瞬かせてる。きっとまだ分かってない。
「俺を海へ連れ出したのはルフィだ。そんでな、お前でもあるんだよ。」
とんと胸のでかい傷へ人差し指をぶつけて、俺は苦笑した。
「お前に惚れて、俺は…バラティエを出た。」
「!!」
ガタンっとゾロが立ち上がって俺のシャツを掴み寄せる。あーあ。チョッパーの目の前で。このケモノ。ぢゅうっと唇が重なって、俺はゆっくりと目を閉じていた。
「っ…ん…あ…ゾロ…っん…ふ…。」
抵抗してもびくともしない。俺の胸ぐらを掴んでるゾロの手をぺちぺちと叩いた。
「ん…ん…も…分かったら…はぁ…ちょっと待て…この…エロ剣豪…んっ…く…あふ…。」
深く差し込まれた舌がゆっくり、ずるりと抜けて行く感触に俺はぞくりと震える。
「は…。」
「…気絶しねぇな…。」
「は…だから…イヤなんじゃねぇし…あんなに無茶しなきゃ俺だってお前如きの感情に溺れたりしねぇよ…。」
それでもやっぱり息は上がって苦しいけど。俺はゾロを座らせて食事を続けさせた。一足早くチョッパーがデザートを食べ終わった。
「あー美味しかった!じゃあ俺もう行くよ!」
「え?もう?泊まってけよ!」
「だってサンジ店で忙しいだろ?俺もちょっと航路逸れちゃったからさ。次の島でロビンと会うんだ。見慣れない植物を見付けたって言って来てるから。」
ぽんと椅子から降りたチョッパーを、俺は見送りに出た。
「なぁ…。」
「ん?」
船に乗り込むチョッパーに、俺は苦笑した。
「拡張できるモン、あったりしねぇ?」
チョッパーはくすりと笑った。
「ホントにいいの?我儘になっていいんだよ?サンジ。」
「…いや…俺…元々こっち側なんだと思う…。」
「そう?それじゃあ…。」
チョッパーは幾つかの道具を袋に入れて俺に渡した。
「どれも予備の新品だから。使い方が分からなかったら聞いて。また来るよ。ご飯食べさして。」
「もちろん。いつでも。体、気ぃつけてな。医者の不養生なんて事無いように。ロビンちゃんによろしく。」
「アリガト。サンジも。ゾロもね。」
店のドアに寄りかかってゾロが居た。全部聞かれてたかな。
「手間かけたな、チョッパー。何かありゃ声かけろよ。どんな些細な事でもいい。俺にはこれしか返し様がねぇ。」
「心強いよ。じゃあまた!」
前の時みたいに涙を見せず、チョッパーは笑って発って行った。
「お前飯は?」
「食った。お前もちゃんと食えよ。」
「ん…。」
ちゅっと頬にキス。
「ふにゃ…。」
自然と力の抜けた声が出た。わー…何これ。恥ずかしい。
「…サンジ…。」
「ん…。」
肩を抱かれて髪にキス。あー…何かヤバイ。気持ちいい。
「…キスしてぇ。」
「う…。」
うん。俺も今そう思った。けどさ。
「…メシ食わねーと別の方でぶっ倒れそう…。」
「食えよ。オアズケ位できる。」
「わー。世界一のワンコ。」
俺はゾロと顔を見合わせて噴き出した。
「酒飲んで待っててくだサイ。」
「おー。」
俺はCLOSEのドアを閉めた。

歩む道こそ違えども4

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「っ…ん…あ…はァ…。」」
まるで何か生き物の様な舌で口ン中を長い時間トロトロにされて、俺はゾロの腕にすっかり体を預け、震えていた。
「は…んぁ…。」
ずるるっとゾロの舌が絡んだまま引きずり出される舌。
「…あー…。」
「スゲェ無防備だな。」
「うっへ…キモチイーんだ…構ってられっか…。」
俺はぽふんとゾロの胸に顔を押し付けた。もし今人生終わるなら。そんな幸せな事はねぇなぁ。こんなエロくてキモチイイ気分の時死ねる奴なんて居ない。
「ふー…風呂入らしてよ…続きしていーから…。」
「バーカ。お前明日も店休むつもりか?」
ゾロが笑って体を離した。真っ直ぐ見詰める片方の赤い目。
「一度戻る。」
「え…?」
「ケジメつけて、今度は完全にこっちに留まる用意をしてここへ帰って来る。」
ああ、ズリィなぁ。俺はもう一度ゾロに抱き締められた胸でくすりと笑った。
「一・二年か。必ず戻る。お前はこの店、不動の一流レストランにしとけ。」
「まかしとけ。」
こいつのこう言う融通の利かないトコが好きだ。だから、仕方ない。何も知らない時よりもゾロの良さを知ってしまった今からの方がきっと…。
「…浮気すんなよ。」
「誰に言ってんだエロコック。」
自信を取り戻したゾロの、にやりとした顔は俺の一番好きな顔だ。
 
結局三日、のんびりと店に滞在し、俺と飯を食い、俺が店をやってる姿を眺めたゾロが、明け方そっと向こう側にある自分の家へと帰って行ってすぐ。俺の店は面白い様に流行りだした。
あの、麦わら海賊団のコックの店だとか、黒足のサンジの名とかかったままのバウンティにつられて来る連中も多かったが、俺の腕はそんな連中も満足させて帰してやって、中にはリピーターになる賞金稼ぎまで出た。そして少なくないのが。
「ここかぁ!ロロノア・ゾロが居るって店は!!」
バアンとドアが開け放たれ、俺はカウンターから出た。
「これはこれはお客様。ようこそいらっしゃいました。ですが見ての通り当店はレストラン。闘技場ではございません。」
俺より数倍でかい男共に、俺はにこりとした。
「御用がお食事でございませんのならお引き取りを。」
「何だとう?俺を誰だと思ってやがる!」
「何方でも同じ事。ここは食事をする所。もしロロノア・ゾロとの一戦をお望みならば、アプローズデシティにある海軍本部へいらっしゃるといいでしょう。そこの大将が世界一の大剣豪ロロノア・ゾロの窓口。正式な手順を踏みさえすれば、例えバウンティ持ちであろうとも、戦いの間は御目溢し頂けるとか。」
俺はふっと口元を歪めて笑った。
「そんなまともな手段も踏めない小物なら、とっとと海の藻屑となるがいい!」
「テメェ!!」
ドカドカドカッと悪客を蹴り出して、俺は桟橋に立って煙草に火をつけた。海へ叩き込んだ連中を冷やかに見下ろす。
「一流の飯を食う舌と金どころか、まっとうな戦いさえ望めねぇクソヤロウ共が俺の店へキタネェ足で踏み込むんじゃねぇ。」
きゃーと店から黄色い歓声が上がる。今やこの足も毒舌も客へのサービスになっている。俺は本気で店を楽しんでいた。
「物騒なレストランだな。」
「おーや、珍しいお客だ。丁度いい。アレ、あんたに用があるみてーだぜ?」
ゴツンとちょっとゾロにも似た重い靴音をさせてやって来たのは物凄い久しぶりの顔、海軍大将白猟のスモーカー。海にぷかぷかしてる連中を指させば、スモーカーがぎろりと睨み下ろした。そしてまた、ゾロのそれに良く似た覇王色の覇気を一瞬迸らせる。と、海に居た連中がブクブクぷかんと白目を剥いて浮かび上がった。
「…あの程度をどうしろっつーんだ。」
「ははは!さすが軍大将殿だ。入れよ、奢るぜ。ゾロ元気?」
「俺が奴の訃報をわざわざ持って来るとでも?」
「あー。あんたならやりそ。」
俺はスモーカーをカウンターに座らせて酒とオードブルを並べた。
「勝ち続けてんだろ?」
「勿論。ヤツはバケモノだな。」
「ありゃ獣だよ?」
昔から思うが、スモーカーはどこか品がいい。食い方も綺麗だ。ガサツに見えるのは言動のせいだろう。そーゆートコもちょっとゾロに似てんだよな。
「で、何しに来た訳?」
「別に。ここの近くの本部で仕事があってな。帰り掛けに寄っただけだ。美味いメシを食わすと最近評判だそうじゃねぇか。」
「おや。嬉しいね。その怪我どうしたんだよ。まさかゾロと何かあった?」
「こりゃたしぎだ。」
「あのカワイコちゃん。今回一緒じゃねーの?」
「お前の想い人んトコだ。今日は一つ入ってる。まぁ相手はあのバケモノだか獣だかには不服な程度だろうがな。」
「想い人だって。ぷふ。」
最初から気付いてた。スモーカーの太い左腕に大きな切り傷。まだそれ程古くない。やっと包帯が外れたってトコだろう。
「変な奴だな、お前は。」
「何が?」
「あのケモノの恋人なんだろう?」
「んー?どうかな。告られて三日後には戻っちまって、二年音沙汰もねぇけど?」
あの日から伸ばし始めた髪は背中の中程までになった。女々しいとは思うけど、戻って来たゾロに見せ付けてやりたいと思って。一時もお前を忘れた事なんかないと。
「あいつは堂々と言いふらしてるぜ?っつか惚気られてるこっちの身にもなれ。」
「あ。それ聞きてー!アイツ俺の事何つって話すの?」
「自慢なんだそうだ。男の中の男で、その癖底抜けに優しくて、今もオールブルーで自分を待ってる。そう言ってるぜ?」
「うーわ。見てぇなそんな事言いまくってるゾロ。誰それ。」
「間違いなく世界一の剣豪ロロノア・ゾロだな。どっかの色ボケ剣士ではねぇと思うが。」
「そりゃ恋人冥利に尽きるね。」
よくもまぁ、キスしかしてないこの男の俺相手にそんだけ自信を撒き散らすもんだ。全くゾロらしい。
「で、たしぎちゃんに怪我させられる様な事したのか?アンタ。」
俺は料理を出しながらニンマリした。
「するか俺が。あいつが飯を作るとか何とか言い出して、メガネしねーで包丁持ったんだ。」
「あっぶね。」
言っちゃ悪いが彼女の目の悪さは相当だ。でも。
「カワイーじゃん。アンタに手料理。慕われてんなぁ。」
どうだかな。」
「惚気の仕返しか?ゾロにしろよ。」
「バーカ。んなんじゃねぇ。飯食いに来たっつってんだろ。噂通り美味ェな。」
「どうぞ御贔屓に。」
俺は笑った。数ヶ月に一度、こんな風に昔馴染みが顔を見せる様になった。俺の後に船を降りたと言うフランキーや、ラブーンに乗ったブルック。ロビンちゃんも来た。ウソップは東へ帰った時、サニーへ戻る途中で寄って、次はかやを連れて来ると言った。
 
「ひさしぶりー。」
「よぉチョッパー。」
あれ以来になるチョッパーが、ある日ひょっこりと現れた。
「元気そうだね。」
「お陰さんで。誰か最近会ったか?」
昔馴染みが来ると、こうして他の連中の近況を聞くのも楽しみの一つで、恒例だ。
「うん。暫くサニーに居たんだ。今初期メンバールフィとウソップだけでね。」
「ああ降りちまったのか。ナミさんも?」
「ううん。ナミは産休。」
「さっ!?」
「ルフィの子だよ。東に帰ってる。かやのところにも3人目生まれたんだ。その二人の出産に立ち会って、報告の為にサニーに行ってたんだ。」
すげぇ。世の中ものスゲェ速さで進んでる。
「へぇルフィも父親かぁナミさんどうすんの?東に留まるのか?」
「言ったろ。産休。体慣れたらサニーに戻るって。まだ世界中の海図を書き上げてないし。二人目以降はサニーで生む気でいる。」
「おーおー。立派な事で。お祝いしねぇとなぁナミさんがサニーに戻ったら一度呼ぶかぁ。」
「そっちなどうなってんの?」
「見ての通りよ。」
俺は長くなった髪を揺らしてみせた。
「連絡は?」
「ねーなー。こっちからもしてねーし。でもほら、あいつの行動は新聞に載るし。」
俺は今朝の新聞をカウンターに置いた。ゾロがまた一人倒して、世界一を守り続けてる。
「それでいいの?」
「んーいいって言うか俺今すっげ充実してる。ゾロを待ちながら仕事もうまく行ってて、時々来るバカ共伸して、こうやって昔馴染みが顔出してくれて俺、幸せだよ?」
サンジがいいならいいけど。もうすぐ丸二年だね。」
うん。」

俺が笑って頷くと、チョッパーはもうそれ以上聞かなかった。

歩む道こそ違えども5

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ナミさんがナミさんそっくりの大きな目をした可愛い女の赤ちゃんを連れてサニーに戻ったと聞いて、俺はサニー号を呼び寄せた。店は休みにして、ルフィのために大量の食事を作って。
「おめでと二人共。」
「へへ!カワイーだろ!俺の子!」
「あたしの子よ!」
「お前ら二人の子だろ。そのネタ何回聞かせる気だ。」
かやと子供を連れたウソップ含め、皆相変わらずだ。と、バーンとドアが開いた。
「アーウ!テメェら!俺様を除け者にして宴を始めてんじゃねぇぜ!」
「フランキー!」
「ワタクシもおりますよほほほほ!カワイーお子様ですね!パンツ見せていただいてもよろしいですか!?」
「まだおむつよ?」
「これは!ワタクシとしたことが!ではナミさん久しぶりにへぶぼ!!」
「久しぶりも何も見せた事ないわよ!」
「うわ!びっくりした!」
丁度開いたドアにナミに蹴り出されたブルックが飛んでった。
「チョッパー!ロビンちゃんも。」
「お久しぶり。随分集まってるわね。」
「誰かブルック引き上げてやれよ。ナミ、コナミどうだ?」
「うん。風邪もひかない。元気よ。」
「おーやおや。こりゃ食いもん足んねぇな。」
それぞれどこから聞きつけたんだろう。物の30分もしないうちにゾロを除くかやとウソップの子供三人を含めた人数が勢揃いしていた。
このメンツが揃えば赤ん坊が居ようが子供が居ようが宴だ。俺は街から追加で食料を届けてもらい、食事を作り続けた。
ふっと風を感じて俺は手を止めた。
ゾロだ!」
ルフィが一早く叫んでドアを開ければ、確かにそこにはゾロが立っていた。
「おっと久しぶりだなルフィ。何だ、勢揃いか。」
わっと歓声が上がって、俺はふっと苦笑した。ああもう。外さねぇなこの男は。
「ゾロおじちゃーん!!」
「ぐわ!」
どーんとウソップの所の上二人に体当りを食らい、ゾロは仰け反った。
「何だお前ら。一瞬にしてでかくなったな!」
「そりゃねーよ。この間お前が東に来たのは半年も前じゃねぇか。」
ああ、東には帰ってるんだ。そうだよな。くいなちゃんいるしくいえ!?諦めの様な悲しさを振り払う様に料理に戻ろうとして、ゾロの腰の刀が一本変わっている事に気付いた俺は思わずそこを凝視した。
「ゾロっ!お前和道は!」
「オイ。そこか?二年ぶりに会った恋人にキスの一つもねぇのか。」
「なっんぐ!」
またか!今度は全員の前で!子供もいるってのに!爆発しそうな程恥ずかしいのに、ゾロの馬鹿力は俺の腕を掴んでびくともしない。
「っ。」
かくんと膝が抜けた。
「っとワリイ。待たせたな。向こうでの勝負は片付けてきた。次からは俺がこっちに落ち着き次第、たしぎ経由で対戦者がここへ送り込まれて来る。」
あのなぁ。」
「やだ。チョッパーから聞いてはいたけど、本当だったのね。」
「俺は嘘つかねぇよ。」
「ほーゾロとサンジがねぇ。」
「んふ。売れそうね。後で何枚か写真撮らせてよ。」
「晒しモンにする気か。相変わらず金の亡者だなテメェ。」
両手首を握られてゾロに吊るされたまま、俺はふーっと息を整えた。もうバレてんのか。なら、しゃーねぇよな。
「ケッコンシキやろーぜ!サンジ!!」
「やだね!どうせ俺が飯作るんだろうが!」
「そう言うと思って。そろそろ届く頃よねー。」
「何が?」
ナミさんがドアを開けて空を見上げた。と、どーんと落ちて来たのは大きな箱。
「うん。時間ぴったり。ウミネコ急便最近精度上がったわね。」
ナミさんがサイズの割りに軽い箱を店へと引っ張り込んだ。
ナミさん?」
「やっぱりサンジくんが白かしら。」
「ゾロは黒ね。」
ロビンちゃんまで箱を覗き込んだ。
やな予感。」
「同感。」
ゾロが苦笑してる。やっぱり?まぁこのメンツだ。何があっても仕方ねぇけど。それに俺達の事を祝ってくれようとしてるのは十分わかる。
「はい!じゃあ二人共着替えてきて!」
どんと押し付けられたのは色も形も違うスーツ。ほっとしましたナミさん。ドレスでなくて。
うわ。」
「オモチャだなこりゃ。お前らぜってー似合うと思ってねぇだろ!」
「あら。背もあるし、悪くないと思うわよ?」
にっこり笑うナミさんの笑顔で、俺達は寝室へと追いやられた。
「はー。」
なぁそんなに嫌ならさ。」
溜息をついたゾロの顔を俺は覗き込んだ。
「いいぜ?着なくても。」
いや。」
「俺ドレスじゃないだけ嬉しいけど。」
「お前はいいよスーツも着慣れてるし似合うし。」
褒められたのかな。今の。
「でも俺も久しぶり。今はずっとコックコートだし。しかも白ってあんまり着た事ねーなー。」
そう言えば。
「前に着た事あんじゃん。ナミさん助けに行く時全員正装で。」
「あー動き辛かった。」
「今回これでバトる訳じゃなし。」
俺は白いスーツに袖を通した。
「んーど?」
「うん。」
ゾロがふっと笑った。
「似合ってる。っつーか脱がしてぇ。」
「うわお。」
俺はゾロのサッシュに手をかけてちゅっと唇にキスをした。
「早く脱げ。さっさと着ろ。連中が帰れば、お前の好きに。自慢の精神鍛錬の見せ所よ?」
「っクソ!」
「おーいい脱ぎっぷり。」
ゾロが惜しげもなく肌を晒し、俺はパチパチと手を叩いた。ふと目に入ったのは、ゾロが壁に立て掛けた三本の刀。
なぁ。」
「あ?」
「くいなちゃん眠らせたのか?」
「ああ。」
ネクタイに苦戦してるのを手伝って聞けば、ゾロが笑った。
「長ェ事付き合わせたしな。世界一の報告がてら東へ。ウソップんとこもその時寄ったんだ。だからチビ共とも顔見知りだ。」
ゾロは昔から子供に懐かれる。下手に子供扱いしないからだろう。最初は誰にでもビクビクしてたチョッパーだって、いつの間にかゾロの肩が定位置になってた位だし。不意にゾロの指が俺の左耳に触れて俺はゾクリとした。
「コレ、特注か?」
似てるの見つけたから。」
俺はかぁっと赤くなった。本当は特注だ。ゾロと同じ形のピアス。俺の耳には一つだけど。1年位前、どうしても寂しくて作ってしまったもの。今では長い金髪と共にこのレストランのオーナシェフサンジのトレードマークにもなった。そのピアスが、カチリと外された。
「え。」
目の前で、ゾロがそれを口に咥え、自分の耳から一つ外して俺の耳につけた。
「ゾ。」
「指輪の代わりだ。」
にやりとしながら口に咥えてた俺のが、ゾロの三つ目のピアスにされた。俺のが新しいから、色が少し明るい。代わりに俺の耳には、ゾロが苦楽を共にしてきたくすんだ金。
。」
「おわっ!何だよ!」
ボロっと涙が溢れて、ゾロが慌てて頬を拭う。
「何泣いてんだよ。嫌なら返すぜ?」
ちがうれしホントは特注伸ばしたのだってずっとゾロ待って。」
「ああ。分かってる。悪かった。もうどこにも行かねぇ。ここにいる。」
ゾロが苦笑した。
「泣きやめよ。やる事済まして連中帰ったら十分泣かしてやるから。絶対腰折らねぇし、恨み言も全部聞く。」
「んずびーっ!!」
ティッシュを渡された俺は鼻をかんだ。目を冷やして鏡を覗く。うん。大丈夫。
「行くぞー。」
「うん。」
俺はゾロと並んで店に通じるドアの前に立った。

歩む道こそ違えども6

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三日三晩俺の店はどんちゃん騒ぎで。その間にちょちょっとフランキーはゾロの闘技場を作ってくれた。そして大きく手を振って、全員が俺の店を離れて。不意にしんとして、寂しさが押し寄せる。
ゾロ。」
「ん。」
「風呂入って来るから。」
「いつまで店休むつもりだ。」
したくねぇの?」
「俺を何だと思ってんだ。」
中指を立ててべぇっと舌を出すゾロに、俺は笑った。
長い髪は伊達じゃねぇぞ。薄情者。」
「早く入って来いよ。ベッドで待ってる」
「!」
改めて言われると恥ずかしいな。俺はボンッと赤くなった。
丹念に体を洗って。ああもう。髪を乾かすのももどかしい。バスローブを着てふっと息を落ち着けて、俺はそっと寝室に入った。ああ、やっぱり。ゾロはベッドに枕を積んで寄り掛かり、腹の上に読み欠けの本を伏せて眠っていた。
元々寝汚いやつだけど、疲れてもいただろう。文字通りその覇気に勢いがない。ここへ来るのに夜中も船を走らせたのかもしれない。待たせた俺とここで暮らす為に勝負を詰めていたかもしれない。慣れないモン着せられて、三日三晩の大騒ぎ。ゾロは懐いてる子供の相手もしてた。眠らせてやりたい。凄く安らかに、すうすうと寝息を立ててる。俺はそっとその体に布団をかけた。と、その手が掴まれる。
「コラ。寝かしつけんな。」
「だって疲れてそうだし。」
「ちょっとうとうとしただけじゃねぇか。」
にぃっとゾロが笑って体を起こした。
「食わせろ。」
「あ。」
ちゅっと唇が重なった。小さな音を立てた優しいキスを繰り返されて俺は恥ずかしくなった。
ゾロ。」
「最後まではしねぇから。明日は店開けろ。お前の人生の邪魔はしねぇ。」
アリガト。」
俺は大きな傷のあるゾロの胸へ唇を押し付けた。太い首に腕を回して擦り寄る。
「はんだよカワイーな。」
何か甘えたいみてぇ。」
「くくいいぜ?寂しかったか?」
。」
寂しかったさ。でも、そう言うのと違う。感じ。
「肌位は合わせてぇな。いいか?」
「ん。」
俺が頷けばゾロは俺のバスローブの紐を解いてはだけさせて。俺はゾロの膝を跨いで、ゆっくりと胸を重ねた。
。」
風呂上がりの俺より熱いゾロの体温。ザラつく古傷。弾力のある筋肉。滑らかで傷一つない背中。
「っ。」
重たいゾロの腕が、背中と腰に乗って、俺はじんと暖い気持ちになっていた。
泣いてんのか?」
「っぐす。」
「構わねぇよ。気持ちいい肌だな。」
。」
するりとバスローブの中へゾロの手が滑り込んで、肌を撫でられる。子供にする様に優しく、剣ダコだらけの硬い掌で。
「ん。」
「声出せよ。それじゃ泣いた内に入んねぇだろ。もう我慢しなくていい。恨みがあるならブチ撒けろ。泣きたきゃ泣け。喚け。怒鳴れよ。言いたい事あんだろ。この薄情モンに。お前には責める権利あるぜ?」
連絡の一本もなく二年。俺を放っておいた自覚はあるのか。でもそれは、俺を信じていたからで。そして、ゾロの約束は必ず果たされる事を俺も知っていたから。寂しくても、待ち続けられて。
っううれし。」
俺はぼろぼろと溢れる涙を止められなくて、でもそれは至極幸せな涙だった。
「戻って来てくれうれしゾロ愛してる。」
「サンジ悪かった。もう二度とどこにも行かねぇ。」
愛してると返して欲しいなんて思わない。腕に力が篭る。ゾロの約束は重い。もう、どこにも行かないと言うなら、それはまた守られる。それでいい。俺はゆっくりと体を起こして、掛かっていただけのバスローブをするりと肩から落とした。これ一枚だったから、全裸。白いけど、筋肉質な体をゾロの目に晒す。これで引かれればそれまで。ぼろぼろと涙を零して、ゾロの反応を待つ。心臓が壊れそうで、恥ずかしさもピーク。じっと俺を見ていたゾロの手が、するっと腰に回った。
「あ。」
綺麗だ。」
「っ!!キキレイっない!」
「何で。白いし、綺麗についた筋肉。傷はあるが、それがお前の生き様だ。潔もいい俺の好んだ性格は変わってねぇな。何よりだ。」
「やじゃね?女々しくて男の癖に受ける気満々で。お前が惚れてくれたのはきっとこんな俺じゃない。」
「バカが。俺がお前が被り続けた猫だけ見てたと思ってんのか。サンジ。」
名前を呼ばれる度に心臓がことりと揺れる。
「お前こそ。俺に綺麗だカワイイだ言われてイラついてねぇか。」
嬉しい。」
「ぶっ。」
笑いやがった。くっくっと笑いを堪えて、ゾロの顔が上がる。
もう少し触らせろ。」
「ん好きなだけ。」
ゾロの手がゆっくりと体を巡る腿を撫で下ろして、足首まで。背中を登って首筋を撫でられて。
「あ。」
熱い。ゾロの触れる所が。
「ッはぁ。」
「くくすげぇエロ。」
「あ。」」
首筋を、頬をデカイ手で撫でられて、逆の手がそっと胸を揉む。
「あはぁゾロキモチ。」
。」
ごくりとゾロの喉が鳴った。だって本当に気持ちいいんだ。人に撫でられるのがこんなに気持ちいいなんて思った事ない。
ゾロ。」
「勃った。」
「あ!」
ヤベェ。もう。恥ずかしい。撫で回されて、キスと愛撫だけで。
「ゾロ。」
「綺麗だ。」
「!」
「そんで、エロい。クソ破壊力デケェ。」
「ふあ!」
ぐりっとゾロのが俺の下で勃ち上がる。キスと、俺を眺めて撫で回しただけで。
「っ!ちょウソ。」
「何でだ。カワイーしキレーだし。何よりすげぇエロい。こんなモン目の前にまだ勃たすなってのか。無理だぜ。俺はインポじゃねぇんだ。は。」
ゾロの息が上がってる。俺の腰を掴んで、布越しにゆっくりと擦り付けられる。
「ああ!」
サンジイレねぇから直に。」
「っ。」
俺はこくりと頷いてそっと腰を浮かせた。そしてまた胸を合わせる。
コレでき?」
「ああワリ気持ち悪かったら言え?」
「ん。」
ゾロの両手が俺の尻をいくらか開く様に掴んで、そこへぬるりと熱い物か擦れる。
「ひぅ!」
「ダメか?」
「っんんんっ!」
ゾロに縋って首を横に振れば、髪に唇が押し付けられた。
「っゾロゾロは?ヘキ?」
「はヤベー位キモチイー。」
ぺろりと舌舐りしたゾロの顔を見て俺はホッとしてゾロの首筋へ顔を埋め、体から力を抜いた。
「してイケそ?」
「サンジ。」
「っあ!あ!んぁあ!」
音を立てて。ゾロのが擦りつけられてる。俺はゾロにしがみついて震えた。何だよこれ。こんな、中途半端な行為なのに、キモチイイ。
「ああ!あああ!」
「ッ!」
悲鳴を上げた俺はゾロの腹に、ゾロは俺の背中に。同時にぶちまけた。
「っ。」
「はわり汚した。」
「ふふふははお互い様じゃねぇの?」
俺が笑えば、ゾロもふっと息を吐いた。バスローブを引き上げる様に背中を拭かれて、俺はゾロに抱きついたままとろんとしていた。
「寝ちまっていいぜ。明日早いんだろ?」
「ん。」
腹の方まできっちり拭かれ、ゾロは俺を抱いたまま布団をかけた。
「重いだろ降りる。」
「いーから甘えとけ。」
へへ。」
俺はゾロに抱かれたまま目を閉じた。
 
                             FIN…

風になりたい

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風になりたい
 
最初は見ない振りをすれば見過ごせる程度の風だった。
誇らしげに咲狂う桜の花弁たった一枚さえ揺るがす事ができない程度の低く地を這う旋風。
それが大竜巻に成ろう等とは誰一人として考え様にない小さな風。
 
死にそうな退屈の中でそんな風に目を向ける者など居なかった。
死にそうな退屈の中で苛立っていた僕がその風に気付いたのは偶然の采配か、はたまた運命の成せる技か。
目が合った途端、風が「嘲笑《ワラ》」った。
 
「何をそんなに苛立っている。」
「終わらせられない退屈などどこにもない。」
「例えここが天界でも下界でもなかったとして。」
「お前はいつまで退屈に溺れているのか。」
 
花弁一枚揺らす事の無かった地を這う旋風が桜の枝をざわめかせた。
「己を押し留めず解き放て。」
「沈み往く太陽を追い越してみろ。」
 
その風は酷く不格好で、要領も悪かった。
それでも何にも囚われる事無く、やがて木を揺らし、地を揺るがす竜巻となる。
 
何一ついい事の無かった日々を吹き消し、
格好悪くたっていい。
貴方に会えた幸せを感じて貴方と風になりたい。
 
風になりたい。
 
                                     FIN…

コックの金額1

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コックの金額
 
小さな港に停泊中のサニーでの平和な夕食時。何となくの流れでそれぞれの出身地の話になった。ここのクルーに南の出身はいない。そして北は俺だけ。一通り自分の国の特産や特色を話す仲間の話を聞きつつ食後のコーヒーを並べた俺に、ルフィが屈託なく聞いた。
「サンジ、北は?」
「んー?俺北出身っつってもガキの頃しか居ねーから。東の方がな長ぇもん。」
「バラティエは東だったもんね。」
「ジジイが東出身の海賊だからね。」
「その髪と肌は北の特徴よね?」
「さっすがロビンちゃん博識
俺はこうして人の注目を一心に浴びるのが結構苦手だ。特に自分の事を話すなんて。だから俺は自分から目を逸らし、ケーキを切り分けながら苦笑した。
「まぁ…俺が北の事で分かるのは金の髪と白い肌が特徴って事くらいかな。そん中でも俺みたいに明るい色はあんまり居なかった記憶がある。後は…あんまり覚えてないなぁ…。」
「北の飯は?」
「あ?」
「作った事ねぇよな!!」
ルフィが目を輝かす。ああ、そうだっけ。それぞれの国の飯は時折作るけど、北は俺一人だったから。
「無かったか。」
「明日はそれな!」
「んー…北の料理ねぇ…。」
確かに北の料理はオービット時代作ってるのも見てたし、食っても居たはずだ。もちろん、名物の一つや二つあるが。
「材料が手に入ったらな。」
ノースレオスライド。」
「え。」
ゾロの低い声が本当に懐かしい単語を紡いだ。
「ゾロ、何?その呪文。」
「さっき町歩ってて、そう言う名前の食材が売ってた。ノースのモンかとちらっと思ったのを今思い出した。」
「そうなの!?サンジくん!」
本物かなレオスライドってのはノースでも珍しい果物何だ。その中でもノースを冠に持てるのは、たった一つの島でしか採れない超高級品。値段見たか?」
どこぞのクソコックの首と同じだったな。」
「えっ!?まさかサンジくん!?」
「悪魔の実じゃあるまいに。7000万ベリーだってのか?」
「その位の一致がなきゃ俺だって覚えてこねぇよ。ほっせぇ裏路地の店だった。ガラスケースに入ってたな。」
「明日そこへ連れて行ける訳無いわね。」
「露骨に落胆してんじゃねぇ!!」
項垂れたナミさんにゾロが食って掛かり、俺は苦笑した。
「明日探してくるよ。もちろんレオスライドを買う訳にはいかないけど、もしかしたら他の北の食材扱ってるかもしれないし。大きな町じゃない。ゾロは二時間もしないで戻ってきた。それ程遠くまで迷ってないと思うしさ。」
「大概失礼だなお前ら。」
「諦めろ。お前の迷子はもう治らねぇ。チョッパーでもな。」
このクソコック。」
「やんのか迷子マリモ!」
と、まぁいつものドタバタは一先ず置いといて。朝食の片付けを済ませると、俺はサニーを降りた。はしけも梯子も使わずとんと港に降り立った俺の背後に、もう一つ足音。
「お?」
「俺も行く。」
「何で。」
あんまり機嫌良さそうじゃないこいつと一緒に歩くのって嫌なんだよな。
「今日は量買わねぇから荷物持ちいらねーぜ。」
昨日の店の主な。まだ若ぇ。んで、お前と同じ金の髪だった。」
。」
珍しい北の食材を扱う店で、北の特徴を持つ人間、そして俺のクビと同じ金額の果物。
「偶然の訳ねぇだろ。」
なるほど、それで。あんな話が出なきゃ、こいつ忘れたフリするつもりだったんだ。あの会話の流れで北の食材を探した俺がばったりその店へ行くよりは、最初から暴露して置いた方が危険がないと読んだのか。
「俺の知り合い?っつってももう何年前か。」
「本当の友人だ知り合いだなら邪魔はしねぇさ。ただ、ここはグランドラインで、ここで生まれ育った訳じゃなくここに居るのは同族か、嵐に飲まれて流された強運の持ち主か、カームを渡れる船を持つ海軍か、そんな船を持てる極一部の富裕層か、悪党だ。」
「まーな。」
今日運の持ち主以外はお近付きになりたくない部類と思っていい。
「んで?何で忘れたフリとか思っちゃう訳。」
わざと聞けば、ゾロは同様も見せずに言い捨てた。
「フリじゃねぇ。本気で忘れてたんだ。」
「あっそ。」
まぁいいや。そう言う事にしといてやる。
俺はゾロのアテにならない道案内の記憶を辿って、思いの外早くその裏路地の小さな店に辿り着いた。なるほど、店にそぐわぬガラスケースには、確かに懐かしいレオスライドがある。とは言え俺自身本物を目にしたのは二度ばかりだ。いくら高級品とは言え、法外な金額。薄暗い店内を覗くと、思った通り北の食材の缶詰が並んでいた。
「ふうん。」
「北のだな。」
ゾロが缶の裏書を見て言う。オービットで使ってた、見慣れたメーカーも多い。本物だ。
「いらっしゃいませ。」
店の奥から出てきたのは金髪の同年代の男。
リルドか。」
「お前サンジ!!」
そんな驚く事ぁねぇだろ。俺が今どこに居るか、何してるか知ってて、あの値段つけてんだろが。」
表のケースを指させば、リルドは昔のまま、屈託の無い笑みを見せた。
「待ってたよ、サンジ。」
「待ってた?」
「寂しかったんだ。嵐で船をやられてね一人でここに打ち上げられた。この島にはノース出身が居なくて。誰も俺は仲間に。」
!?」
ぐらりと目眩がする。その襟首が力一杯引かれて、店の外へと引きずり出された。と、目の前でどっと音を立て、店が文字通り潰れた。
「っ?」
「ヒトじゃねぇ。」
俺の襟首を掴んで店を出たのはゾロ。そして、割れたガラスケースは空で、潰れた店の中には突然古びた缶詰だけが散乱していた。
でもリルドだった。」
「それには間違いねぇんじゃねぇか?」
ゾロが指差したのは、店が潰れた事で見える店の裏店にある大きな木。海に突き出た崖っぷちに立つ木には、いかにもな縄が一本千切て風に吹かれて揺れていた。御丁寧に傍には壊れた椅子が倒れていて、何があったのかひと目で分かった。
小一時間辺りに聞き込めば、全てはあっさりと知れた。リルドは三年前この島へ流れ着き、店を開いた。北の友人に空輸で送ってもらった珍しい食材を売っていたと言う。しかしその食材以上に珍しい容姿は人の興味を引き、敬遠させ、孤立したリルドは街のゴロツキに目をつけられたらしかった。何の護身術も持たない、ガキの頃から気の弱い男だった。そこらの女性より白い肌。薬を盛られ、犯されて、やがて心を病み、自ら命を絶ったと言う。当時のゴロツキは悪事が目に余り今は監獄に居るとも。
「連中命拾いしたな。今ものさばってりゃお前の蹴りで首折られてる。」
別にリルドとはそれ程親しかった訳じゃねぇ。」
「そんでもお前あーゆータチの連中大っ嫌いだろ。」
俺はくすりと笑った。店に戻り、崩れた瓦礫の中から缶詰を拾い出す。誰も主の死んだ店の商品なんかに手は付けない。店も文字通り潰れたし、持って行っても問題無いと判断し、俺はゾロに手伝わせていた。
出身はもちろん、容姿も家族さえも問題にしない麦わら海賊団。そこに俺は居るから。こうして俺を分かってくれる仲間も居るから。俺は今、生きている。袋一杯の缶詰を背負って、俺は改めて奴が首を吊った木の下に立った。
いい景色じゃねぇか。」
「ここからずっと北の事ばかり考えてたんだろうな。馬鹿な奴。人間どこで何してようと自分にしかなれねぇ。俺を取り殺したって、何にもなりゃしねぇのによ。」
「取り殺されるタマかお前が。お人好しが過ぎて泣かれりゃ付き合ってあの世まで行っちまいそうだけどな。」
「行かねーよ。」
俺は俺だ。北にいい思い出なんかないし、東で生きた時間のが長い。そして今はガキの頃聞いたオールブルーを見付ける為に素直に真っ直ぐ。同情してやれる余裕なんかねぇよ。
「俺はコックだ。使える食材は無駄にしねぇ。貰ってくぜ、リルド。」

コックの金額2

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その夜は件の缶詰で久しぶりに北の料理を作った。どれもこってり脂ぎった寒い土地でも体がもつ様にと計算された料理。男共にはまず好評だったが、女性陣には不評だった。
「ゾロ、夜食。」
「おう。」
夜食を持って展望室に上がれば、俺の手にいつもよりランク上の酒があるのを見て、ゾロの目が細まった。
まぁ一応、礼な。」
「何もしてねぇよ。」
リルドの姿が見えて、店も見えてた。町の人間には潰れた店にしか見えてなかったのに。ゾロだって、俺と同じにあの世界に入り込んでしまって居た筈なのに潰れる店の下敷きにならずに済んだのはこいつのお陰以外の何でもない。
「それと。」
俺はポケットから古ぼけて錆び付き、ラベルも見えない缶詰を引っ張り出した。
「酒のつまみにゃ少し甘いけど。」
「何だ?」
ゾロの前で缶切りを動かす。蓋を開ければ、シロップに浸かった真っ白でプルンとした物が三つ、漂っていた。昔見たのとそっくりだ。仄かに甘い香り。
「果物か?」
「諸悪の根源っつか、事の起こりと言うか。俺の値段ってやつだ。」
何とかスライドあったのか。」
「一缶しかなかったんだ。まぁ今回の功労賞って事で、お前にやるよ。」
美味いのか?」
「栽培が難しいってのもあるけど、北の地にあって唯一南国フルーツのニュアンスを持つ。まぁ半分は憧れ、かな。缶詰じゃ風味は変わっちまうけど、シロップ自体がレオスライドの果汁を使ってる。雰囲気は分かると思うぜ?」
スティックを刺してゾロへ勧めれば、ゾロは一切れ持って眺めた。
俺は孤児院出身だ。リルドとは孤児院で一緒だった。所謂売れ残り組だ。物心付くまで貰い手がねぇ。可愛気のねぇ俺と、大人し過ぎるリルド。それでも俺より先に孤児院を出た筈だ。俺が出た後に出戻ってなきゃな。その程度の仲さ。」
「友人の濃さに時間もきっかけもあるか。」
「んぐ!」
ゾロの静かな言葉に思わず薄く開いた唇にレオスライドが放り込まれた。
。」
「懐かしい味か?」
とろりと口の中で溶ける仄かな甘みと、微かな酸味。
「っ。」
「泣けば。」
悲しいのかな、俺。」
「泣くか?」
唇が重なる。ムードも優しさもないディープキス。
「っ。」
「金の髪、白い肌。女の様に扱われ、お前の昔馴染は絶望を味わった。お前にだって覚えがあるんじゃねぇのか。」
。」
「似合わねぇ髭と女ったらしの言動。足技もそれを見兼ねたゼフが許した防衛手段だろ。」
お前のそーゆー変に鋭いトコ、嫌い。」
俺はゾロの首に腕を回して縋り付いた。
許せねぇんだろ?こう言う輩をよ。」
「お前は違う。」
「違わねぇよ。」
「お前は俺を女みたいだからヤりてぇ訳?」
姿は関係ねぇ。」
「じゃあ違うだろ。」
あー何だこれゾロ相手にこんなトコ、見せたかねぇのに。
「っ。」
ったく面倒な奴。」
うよ。
「しねぇよ。」
ゾロはしがみついた俺を抱いて仰向けになると、くしゃりと髪を撫でた。その胸で、俺はほんの少しだけ、リルドの為に泣いた。
 
空が白むにはまだ間がある。俺はゾロの胸に寄りかかる様に座って、背中から抱かれていた。俺の手の中にあるのは一切れ減ったあの缶詰。
「ん。」
「ん?」
掲げる様にゾロに缶をやれば、ゾロは片手を突っ込んで一切れ掴み出し、口に入れた。
「ふーんウメェな。」
「全部食っていいよ。」
「甘いモンあんま食わねぇの知ってんだろ。」
「俺が作るケーキよりよっぽど甘くねぇだろーが。」
珍しいだけでも南への憧れだけでもねぇだろ。」
だからキライお前。」
残った一切れをシロップごとガボンと飲み込む。
「おい。」
「責任取れよそれと、心配すんな。こいつが効くのは北の人間だけだ。」
ぽたんと最後のひと雫を開いた口の舌の上に落として、俺はぺろりと舌舐りした。一切れでじわじわ来てたけど。ふた切れ目とたっぷりのシロップ。俺はぶるっと体を震わせた。
「は久しぶりだとキく。」
体が熱い。ゾクゾクする。
「っゾロっ早くっ。」
「ったくラリってねぇとできねぇのか。」
「クソ文句なら後にしろ先に食わしたのはお前だ。」
「知ってたら食わさねぇよ。」
「あ!」
ゾロの手が俺の下着の中へ潜り込んで股間を握り込む。
「んっ!ふっううんっ!!」
「とっととイけ。」
「っこがしよがはぁ二時間は治まんねぇゾロはぁチャンスじゃねぇの。」
俺はゾロを見上げてにやりとした。エニエスロビーを出た頃から、こいつは俺を。だけど俺はそんなに安くねぇ。っつーかこっちだって色々葛藤があったんだ。男でもこの外見のせいで女扱いされた過去がある。いくら俺がゾロを好きでも、身も心も女みてぇになりたくねぇとか。でも。
「っああああ!」
「っクソんな声出すな!」
「っムリあッアアア!」
強い媚薬の効き目を齎すレオスライド。精神を、スライドさせる薬。その名の通り、北の人間はそれを使うと正気を失くす。今の俺の様に。リルド、ごめん。俺はこの外見を武器にできるならしたい程の男と出会った。でも、こいつはこんな髭のツッパッたままの俺でいいから欲しいと繰り返すんだ。普段はシャレも言えねぇストイックで剣だけに真っ直ぐなこの男に求められる度俺は泣きたくなって。
「っゾロんっああっ!!」
幾度目か、ゾロの手で果てて、初めて俺から唇を重ねた。
 
「っ。」
薄く目を開けば、窓から見える空が白んでる。体の火照りはすっかり治まり、すっきりとしてる。
メシ作んねぇと。」
「起きたか。」
「ん。」
凭れて眠ってたらしいゾロの胸から体を起こす。赤い目に見上げられ、自然と唇が重なる。キスだって夕べが初めてだった。俺は苦笑した。
「忘れろ。」
「忘れらんねぇなぁとは言え、俺が欲しいのは薬がキマってるお前でも、傷心に苛まれてるお前でもねぇ。」
俺の体に回ってた腕がするりと解けた。
「次は素の時にな。そん時にはイかしてやるだけで済むと思うな。」
「次なんかねぇよ。」
そう、暫くは。俺もゾロも志半ばだ。今は今迄通り互を高め合える相手で居たいし、居てほしい。離れられなくなる程の恋情は、俺がゾロと共に上を目指せなくなったその後だ。
北の人間は真面目で身持ちが硬い。南の大らかで自由奔放な人間に憧れて、この果実を好み、時折ハメを外した。もちろん、少量なら食っても何の害もないし、慰謝が向精剤として使う事もある。そんな類いだ。
「サンジ。」
「んあ。」
二人きり、口説く時だけ名前を呼ぶのはこいつの狙いだろう。空の皿を抱えた俺はゾロを見た。
「もう少しヌけよ。多いし、濃かった。」
ひとりエッチ下手なの、俺。」
「来いよ。ヌく位ルフィやウソップだってしてやってる。お前の弱ぇトコも覚えた。」
誰がお前になんか頼むか!」
「はは!!」
ぷんすかしながら展望室を降りる。きっと俺は時々ゾロの世話になるだろう。その駄賃にキスくらいさせてやって。互いの夢とルフィの野望が叶うまで。そんな仲で居られれば、今はいい。それが幸せだ。
手早く朝食を作れば、太陽が上がってくる。コックをしていて一番好きな時間だ。俺はバンとキッチンのドアを開けた。よく晴れた航海日和。今日は出港だ。
「メッシーィ!!」
 
                                            FIN…

ダブルベッド

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ダブルベッド
 
いつの頃からか、宿のフロントで部屋を取るのは八戒の役目になっていた。単に人当たりの良さと、字の綺麗さだろうが。三蔵は無愛想過ぎ、悟空ではまだ子供、悟浄ではフロントが女性だった場合余計な時間が掛かり三蔵がキレる。自然と八戒が買い物とリザーブの際、三蔵のカードを預かる様になった。
「シングル四つありますか?」
「申し訳ありません。シングルは埋まっておりまして。」
「じゃあツイン二つでは。」
「あいすいません。」
「では四人部屋で。」
「畏まりました。」
大抵はこの順序で会話は進み、一言目で終了できれば万々歳と言う所だった。
三日ぶりの宿に入ったその日、八戒はいつもの様にフロントに立った。
「すみません、シングル二つとダブルお願いします。」
「畏まりました。」
フロント横にある自動販売機の前で悟浄が煙草に噎せた。悟空は土産物屋を覗いていて近くには居らず、三蔵もはしゃぐ悟空にハリセンを食らわせていた。
「ダブルって何よ。」
「僕と悟浄の部屋です。」
「何でツインじゃねーの。っつーか何でシングル聞かねーの。」
「タマには僕の我が儘聞いてくれたっていいでしょう。」
宿帳を記入していた緑石の瞳がきろりと悟浄を睨み上げ、弱い所を突かれた悟浄は口を閉ざした。三蔵に抗議しようにも、使わないシングルよりツインよりダブルの方が安い。八戒に異議を唱えてくれる訳がなかった。
「夜遊びに出るなとは言いません。ただ僕だってたまには安心できるとこで眠りたいんです。」
「はいはい。」
悟浄は観念した様に買ったコーヒーを人数分ポケットに捩じ込んだ。
シングル四つの時やツインの時も八戒が悟浄のベッドに潜り込む事は数ヶ月に一度程あった。三蔵も知っている。今まで文句を言う事は無かったが、標準よりサイズオーバーの二人がシングルベッドで眠るのは相当至難な技で、ダブルベッドと言うのは八戒が考え出した苦肉の策だったに違いない。その上でコストダウンとなれば三蔵は間違い無く奨励する。悟浄は頭を掻いた。旅に出る前、雨の度に魘される八戒をベッドに入れて眠ってやっていた。雨の夜を完全克服した八戒には〈悟浄とくっついて眠ると良く眠れる〉と言う刷り込み現象だけが残ってしまった様だった。
変な癖ついちまったな。」
別に癖じゃないですよ。悟浄の近くに居ればぐっすり眠っちゃってても刺客さんに寝込み襲われて始末されちゃうなんて事ないでしょ?」
「俺は番犬かよ。」
長い髪を拭き乱し、悟浄は渋い顔をして煙草を咥えた。
出かけなくていいんですか。」
テーブルに肘をついて温かいココアのカップを両手で包んだ八戒がまた緑石の目だけ悟浄に向けた。
「行かねーよ。人肌恋しいのは分かんねーでもねーし。」
隣に座った悟浄の裸の胸に寄り掛かり、八戒は頬を摺り寄せた。
「ありがとうございます。」
ふうと溜息がして、八戒の体から力が抜けた。
ネコ。」
「え?」
「あいや。ネコ、みてーだなーって。」
きょとんとする八戒に悟浄は苦笑した。
「猫ってさ、この辺?耳の後ろ掻いてやると喉撫でてやるより気持ちいいんだって。」
悟浄の長い指が、八戒の「猫だったら耳の後ろはこの辺」と言う場所に差し入れられ、かやかやと動いた。
僕そこに耳ないんですけど。」
「例えばの話。八戒ならどこよ。触られて和む場所。」
「さぁ。」
前髪を掻き上げられ、八戒は反射的に目を閉じて考えた。人に触れられて和む事などそうない人生を歩んできた。花喃と居た時は指先が触れ合っただけで幸せになれたのに。
「ま、男に撫でられたって和むわきゃねーわな。」
ぷにっと軽く頬を摘んで悟浄の手が離れると、八戒はぱっちりと目を開いた。
「悟浄の手は気持ちいいですね。今お風呂上がりであったかいせいかな。」
「八戒だってまだ温いじゃん。人肌が恋しいってそう言う事だろ?あったけーモンは人でも動物でも何でもキモチイーじゃん。ココアのカップでも。」
悟浄は八戒がさっきまで大事そうに抱えていたカップを指差して立ち上がった。
「あー冷めちゃったコーヒーでも淹れましょうか。」
「頼むわ。」
悟浄はどっかりとベッドに腰を下ろして服を着ると、新聞を開いた。八戒は二人分のコーヒーを作って一つを悟浄に渡すと、ベッドによじ登り、悟浄の背中に自分の背中をつけて寄り掛かった。服越しに感じる悟浄の体温と両手に抱えたコーヒーカップの温もりが愛おしかった。悟浄もまた背中に八戒の体温を感じながら時々コーヒーを啜り、新聞を捲った。
やがて肩越しに明らかな寝息が聞こえ、悟浄はそっと新聞を畳むと、後ろ手に八戒を支え、その手から空になったカップを抜き取った。
「ん。」
「いーよ、寝てろ。」
すっかり力の抜けた八戒をベッドに寝かせ、悟浄はカップをテーブルに置くと自分もその隣に身体を滑り込ませて電気を消した。ダブルベッドは二人のサイズにぴったりで、すぐ側に感じられる八戒の気配に悟浄は暗がりで手を伸ばした。
頬らしい肌に触れた悟浄の手は、小さな呻き声と共に両手に握られた。
「んー。」
「お。」
悟浄の腕を抱き抱える様にして八戒がぴったりと体を寄せて来ると、暗がりでも八戒の顔が確認できた。安心しきって眠る子供の様な顔。普段の生活では猫のように素っ気ない作られた笑顔が武器の八戒が、悟浄にだけ見せる安心しきった寝顔。悟浄は小さく笑った。
「こんな顔見せられちゃなぁ。」
悟浄はそっとその肩にもう片方の腕を回して抱き寄せた。
 
                                     FIN…
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